母と私の初めての経験
苦しい日々あせるのはじまりダウンはじまりダウンです。



平素は、穏やかで寡黙な父
読書が大好きで、タンゴを聞きながら
自宅でのんびり過ごしています。
右眼失明・左眼もあまり見えていませんが
拡大鏡を使いながら
一日かけて新聞を読むのが日課として
珈琲コーヒーと白い恋人が大好きです。



5月10日 日曜日
父の怒り・ストレスが爆破しましたドンッ

外科病棟・4人部屋
父の向かい側のベッドに入院中・高齢者の方
脳梗塞を患い、
症状として意識障害、
片方の手足の麻痺や言語障害、
考えても言葉が出てこなかったりするなど
一日中奇声を発したりの時もあり
いつも誰かを呼んでいます。

私達が病院にいる間も何度か
父が何度か
『 うるさい‼️静かにしなさい‼️』
と怒鳴った事があり

その度に母は、
『 病気で意思表示が出来ない方のよう
お父さん我慢してください‼️』
と母が懇懇と諭していました。

看護師さん
『 申し訳ないです。その患者さん
いつも家族の方を呼んでいて
寂しんでしょうね。他の患者さんからも
びっくりすると言われているんです。』
との事でした。



そして、
その患者さんが昼間寝ていて
夜中に奇声を発した時の事

その奇声にびっくりした父
無我夢中で父の身体に着いている管を取ってしまい
部屋から出て行こうと
ベッドを乗り越えようとしたりで…

『 騒音・安眠妨害で警察を呼んで欲しい‼️ 』
と父の興奮は、凄いものだったようです‼️


そんな時
管を抜かないように両手にグローブ
車椅子に乗りナースステーションで
時を過ごしたりと知られざる世界を
父は、いろいろ経験していたようでした。



そんなこととはつゆ知らず
午前10時~午後4時頃まで
毎日母と父の病院へ通っていますが

いつものように
午前10時頃
5階エレベーターから父の病室へ
歩いて行きました。すると

『 あれっ⁉️お父さん⁉️
どうしたのこんなところで⁉️』

ナースステーション前で
車椅子に座っていました。

そこへ看護師さん
『 ちょっと昨夜興奮状態になり
管を抜いてしまったりと危険でしたので
グローブをさせて頂きました。
興奮していたので、車椅子に…
他の方もあの方の奇声には、迷惑されていますが
警察‼️警察‼️と言われたので
こちらに居て頂きました。』


父の身体は不自由ですが
頭がしっかりしている為
グローブや車椅子での隔離は、
父のプライドをダウン叫びダウンだったようで
父の怒りの矛先は、家族に向けられましたドンッ

『 どうして呼んだのにいないんだ‼️
早く自宅へ戻りたい‼️
どうして戻れない⁉️
戻れないなら前の部屋に戻りたい‼️
ここは、私の部屋でない‼️』


満身の力を振り絞る声で
父に怒鳴られました爆弾


えっ⁉️⁉️⁉️⁉️⁉️⁉️
昨日までの父
そして今日の父
別人のような父にびっくり叫び叫び叫び


どちらが本心の父なのか⁉️


昨日までの父は、
『 遠いところから来て頂いて
大変申し訳ないですね~
ありがとうございます。
申し訳ないですね~
ありがとうございます。』
を弱々しい声で
時々涙ぐみながら繰り返す父でした。



まさか、まさかの…



まさかの時を迎える
5月11日 月曜日になるとは
誰が想像するとは…


思っていない
考えてもいない
5月11日月曜日に
父の怒りがMAXアップアップアップ爆弾爆弾爆弾に爆破しました‼️
明日に続きます。


















糖尿病の父・86歳
左足・親指の付け根裏側に出来た小さな傷から
蜂窩織炎になり、発熱で3月27日に入院しました。
8階・皮膚科に入院
皮膚科の先生からは、
積極的な治療をススメられていましたが
【 積極的な治療法は、大腿部からの切断 】

86歳で大腿部から切断しては、
その後の生活に
無気力・失望が予想され
切断以外の治療法を望みました。

そんな時、血管外科の先生より
『 自分の血管を移植するバイパス手術で
血流が上手くいくかも…
でも親指とその他の病変は、切断します 』

というお話を頂き
高熱で朦朧としている父に
何度も、何度も、何度も
事の経緯を説明しながら、
手術承諾書にサインをしました。

そして、4月9日
下肢閉塞性動脈硬化症
糖尿病性病変(左足の壊死・感染)

①バイパス移植術(下腿・足部)
②足指切断術 : 足部の壊死部を切除しました。

手術時間 : 7時間

大手術でした。 

糖尿病で
傷口の塞がりが悪い為
抜糸には、3週間かかり

手術痕から化膿しないように
そして、化膿液が外へ出るように
傷口に管が差し込んであります。

そんな父の左足を
リハビリ専門の方に
父が歩けるようにと毎日のリハビリ

父のご機嫌のよい時は、
リハビリ体操をしながら
ベッド横に立つ練習をしたり
車椅子に乗ったり
歩行器を使い歩行したり
日々少しずつ、ステップアップしていて
86歳、手術した患者には思えない
頑張りようです‼️
の時もあり…


時には、
父のご機嫌が斜めの日には

『 リハビリをした方が良いですね。
でもそのような気分でないので …』
とお断りしてしまいます。

リハビリ専門の先生
いろいろな患者さんをお相手する毎日
言葉を選びながら
『 それでは、ベッドの上でいいので
足先を上下運転したり、少しマッサージを
していきましょう』


そんな父は、私が群馬入りしてからは
『車椅子を持って来て欲しい‼️
トイレに行きたい‼️
ごはんは、ベッドではなく
デイルームで頂きたい‼️』
と積極的に動き始めました。

老骨に鞭打ちながら
家に帰りたい‼️と思う一意専心で‼️

リハビリを頑張っている毎日
父の頑張りには、
尊敬する毎日でしたアップアップアップ




そんな父に、
怒りMAX爆弾事件が勃発しました‼️
私自身・母自身
初めての経験にダウンダウンダウンあせるあせるあせる汗汗汗
びっくり‼️汗・涙の日々でした。
明日は、このお話をさせて頂きます。














5月7日 木曜日
滋賀・主人宅→群馬・実家へ車DASH!

{EE2A143B-4E9D-4DEE-91DE-F90F6C8658C5:01}

途中
恵那峡SAにて休憩

母と待ち合わせをしている為
群馬・父の入院先の病院病院
向かいました車DASH!

病院へ到着したのは、夕方夜の街

父が寝るのを見届けてから
実家近くのラーメン屋さんで
晩ごはんを食べてラーメンから
実家へ戻りました。




現在の父の状況は、
5階・外科病棟
ナースステーション前の4人部屋
窓際のベッドに入院中です。

3月27日に父が入院して、1ヶ月半
( この間、兵庫↔️群馬帰省は3回目になりました が
長距離運転の繰り返しで私自身の腰がちょっと…あせる

4月9日手術する前は、高熱の日々でしたが
術後の経過も良く
少しずつ体調・体力ともに良好
のはずでしたあせる


ラジオを聞きたい‼️
車椅子に乗る練習をしたい‼️
談話室でゆっくり過ごしたい‼️
と意思表示をするまでに回復して来ました。


退院後は、主に
❶入院以前の生活に戻れるよう
リハビリ専門の病院へ
転院する方

❷施設に入る方

❸自宅へ帰る方

❹介護を希望されるご家族の家


家族または、本人が
上記を選択する方がいらっしゃいます。


父の希望は、
❸自宅へ帰る
でした。

母とふたりの生活の為
入院前の父は、要介護3

入院後の父は、要介護4になり
身体の不自由さが増して来ました。

その為
現在入院中の父が、最低トイレを
ひとりで出来ないと…
※現在病院でのトイレ事情は、
泌尿器科の担当医より管で排尿をし
排便は、ベッド上でオムツでしています。
( 自力で排尿が出来なくなり、管を通しての
排尿をしています。)

入院中のリハビリの結果で、どこまで以前のように
自宅トイレをひとりで出来るようになるか…


ベッドから身体を起こし
ベッドに腰掛けて
ベッド横に立ち
ベッドから車椅子にひとりで乗る


この動作が
私が実家不在中、母の言うことを聞かず
リハビリを中断していた父


今回兵庫→群馬入りした
5月7日からスタートしました。


父の頑張りパンチ!
父の不機嫌むかっ
私自身腰からの悲鳴叫び
はじまりあせるはじまりあせるです。