母が入院してからの
父との過ごし方は…


午前10時過ぎに実家を出て
実家近くのセブンイレブンやスーパーにて
父の好みを探しながら、飲み物
私のお昼ごはん等を購入し
病院へ向かいます車DASH!


現在、
外科病棟・5人部屋の窓際ベッドへ入院中の父。


『 お父さんおはよう、ご機嫌いかがですか⁉️』

『 お母さんの具合いは、如何なんでしょうか⁉️』

『 お母さんは、口はとっても元気。絶対安静が
とっても辛そうで、何だか歩けそうなんだけど
って言ってますよ~』

『 あなた、あなたの家族にはご迷惑をかけてしまい
あなたは兵庫へ帰れなくなってしまいましたね。
申し訳ないですね~あせる

『 そんな時もありますよ。大丈夫、大丈夫。
安心して治療に専念してくださいね

『 お母さんは、どこの病院へ入院でしたか⁉️』

『 恵◯◯病院です。』

『 とう◯◯病院ですか⁉️』

『 かきくけこのけいです。』

『 あーあ~とう◯◯病院ね‼️』

『 違いますよ。
かきくけこのけいですよ‼️』

『 あーあ~たちつてとのとう◯◯病院ね‼️』

私、面倒くさくなり
『 はい‼️ そうです。』

『 恵◯◯病院は、
◯◯駅近くでちょっと遠いですね~。
美味しいラーメン屋さんがあります。
今度食べて来ては…』

『 あれっ⁉️ 合ってる‼️
いつの間に分かったの⁉️』

隣で聞いていた看護師さん・患者さんが
父との会話でっていました。


午前11時ごろ
外科医回診がはじまり
外科的処置・傷口を洗浄・ガーゼ交換

午前11時過ぎから
父担当の理学療法士の先生が
父を車椅子に乗せ、リハビリ室へ


父のリハビリの内容は


外転枕

手術直後に、足の位置を正しく保つために使用する枕です。一般的には台形の枕を足の間にはさみ固定します。

筋肉の訓練

股関節に力を入れて伸ばす訓練、股関節を伸ばしたまま下肢全体をあげる訓練などがあり、病棟内で行う場合と、術後少したってからリハビリ室で行う場合とがあるようです。

歩行訓練

術後の状態を見ながら少しずつ足をついて歩く訓練を開始しました。

現在は、平行棒につかまりながら、歩行訓練をしています。歩行訓練 イラスト

イメージの絵を引用させて頂きました。

昨日は、
『 あなたも一緒にリハビリセンターへ
行ってみませんか⁉️』

と父よりお誘いがあり
行って来ました。

一昨日の平行棒の歩行訓練は、
片道だけだったようですが
昨日は、往復からもう片道をしようとして
理学療法士の先生より
今日は、この辺で…
少しずつ進んでいきましょうと
言われていました

歩けるようになった姿を
母に伝えて欲しくて頑張っていたようです。

父・86歳の努力にびっくりしながら
嬉しくて涙が溢れました汗

そして、病室へ戻り
血糖値の検査をして
インシュリンを接種してから
お昼ごはんを頂きます。



続きは、明日に…。




















※母が入院する前の出来事です。



5月11日 月曜日
父の怒りが爆破爆弾爆弾爆弾しました‼️


昨日のことがあるので
母とびくびくしながら病室へ向かいました。


父のベッドに行くなり

『 私には、誰もいない‼️
いつ呼んでも誰もいない‼️
何故来てくれない‼️
ここに居たくない‼️
部屋が違う‼️』


母とふたりで、毎日来ているのに
父の言っている事が分からず
怒鳴っている父。


いつも穏やかな父で
何故か渾身の力を振り絞って
車椅子を凄い力で動かしている父
ボケが来てしまったのか⁉️


と、言葉を失い涙が溢れました汗


父に怒鳴られ、怒られたのは
◯◯年生きて来ましたが、
初めての出来事でダウン叫びダウン
涙が溢れました汗


突然の父の変貌に絶句


母とどうして良いのか
分からず途方に暮れていました。


そんな時
前のベッドのご家族の方が
『 お宅は良いですね~。
ご主人様しっかりされていて
お食事の時、どなたかベッドを上げてください。
お食事が済むと、どなたかベッドを下げてください。
必ずありがとうございます。
お世話になりましたとお礼を言われ
うちは、脳梗塞の後
何を言っているのか分からず
何と無くで理解していますが
いつも怒られています。』


えっ⁉️


このお部屋の家族の方は、
もしかして
夕方も病院へいらしているの⁉️


もしかしたら
父の
『 私には、誰もいない‼️
いつ呼んでも誰もいない‼️
何故来てくれない‼️
ここに居たくない‼️
部屋が違う‼️』


と言う意味は、晩ごはん時に
他のみなさんには、家族の方がいらしていて
父には誰もいなく
ベッドの上げ下げ
トイレに行く為の車椅子等
他の方にして頂くのは申し訳なく
他の方にして頂くことが恥ずかしく
思っていたようですあせる


それ以来、
午前10時過ぎ~午後7時頃まで
母とふたり父の側にいれば
排泄などしたくなった時
直ぐ車椅子でトイレに…
トイレが済むと
ベッドに直ぐ戻ったりと
父の希望を、家族が出来る範囲内は、
速やかに対処できるようにしてみました。


看護師さんになかなか思っていた事が言えず
看護師さんを煩わす事が無いように
と思っていたようです。


そして
父のベッド周辺に
ナースコールのボタンが無く
ナースコールのボタンを父の手の届く位置に置き
私達が居ない時には、
看護師さんを呼ぶことを父に伝え


父の晩ごはんが済み
歯ブラシ・目薬・夜の薬・トイレを済ませ
帰宅することにしました。


※父が我が家帰宅を希望した為
オムツでは無く、トイレでの排泄を
看護師さんが一生懸命お手伝いして頂き
現在では、トイレ排泄が100%成功
母に負担がかからない自宅介護🆗👍の準備が
少しずつ進んでいます。


そして、
トイレに近いお部屋の移動になり
夜中の奇声を聞かなくなった今
父の穏やかさが戻り
平穏な日々を過ごしています。


母が
私達を、怒鳴ったこと
私を怒鳴ったこと
私を泣かせたことを話すと


『 有難い・申し訳ない毎日なのに
私が怒鳴った⁉️ 申し訳ない事をしてしまった‼️』
と大粒の涙を流していました。




病気・入院中のストレスが言わせた事と
母とふたり、そう考えています。




穏やかな父に戻って
本当に良かったです
























叫び 突然ですが 叫び




5月18日 月曜日、昨日の朝の事ですが
母が階段から転落して
【 腰椎圧迫骨折 】
で入院しました。



母が階段から落ちる直前



『 疲れたわねぇ~
毎日病院生活もう嫌だわ
嫌になっちゃった。』

『 あああ~ん嫌んなっちゃた
あ~~あ~~あん驚いた 』
(ちょっと古いですが、牧伸二の歌)


その時でした。


どーんドンッどーんドンッどーんドンッ


凄い音が階段から聞こえ
駆けつけましたが
上から下3段手間まで落ちてしまった母。

父の病院通いで
母・84歳
疲れきっていたので
足に力が入らなかったのか…

階段には、手すりが着いていましたが
降りは、手すりを持たないと降りれませんが
登りは、大丈夫と過信して
いつも手すりなしで、登っていたようで
乾いた洗濯物を
2階の箪笥に片付けに行こうとして
足を滑らせ転落。

痛さで話すことが出来ず
暫くの間、階段で身動きがとれませんでした。

その為
少ししてから
『お母さん動けないのなら救急車に助けて頂こう』

朝早かったので
当番医の病院へ運ばれ
父が入院している病院ではなく
お隣り市の病院へ運ばれました‼️



その為昨日は、
午前6時40分頃~午前9時半頃まで
母の病院

母の病院➡️自宅へ一旦戻り

午前10時過ぎ~午後1時半頃まで
父の病院

買い物を済ませてから
午後2時過ぎ~午後4時頃まで
母の病院
(主治医の先生よりお話があり)

午後4時半頃~午後7時過ぎまで
父の病院

午後7時半~午後8時まで
母の病院へ…

母の入院の準備に追われ
バタ子していました。



因みに
父と母の病院は、車で25分ぐらい車DASH!


              15分      15分
父の病院 ↔️自宅 ↔️ 母の病院



突然のハプニングに
目まぐるしい1日でしたダウン叫びダウン



私も腰痛悪化がありましたが
母・84歳
圧迫骨折は、痛くて堪らないようですが
老老介護・父の入院で疲労困憊の日々に
神様からゆっくり休みなさいと
身体を休める時間を頂いたと思っています。

母の入院は、
2週間は、絶対安静
2週間目から歩行訓練が始まり
入院は、1ヶ月かかりそうです。

父の退院も、まだまだ時間かかりそうですが
母が退院しても、
父の世話はまだまだ出来そうにないので

父のことは、
暫く私ひとりで頑張りますが
私も病院通院日があるので
その時のことは、
中国出張中の主人が、
帰国してからゆっくり考えまーす