いやあ、世の中悪い奴ばかりだね。前回の記事を自分で読み直してみてそう思った。私の書くものは、特別の情報源、証拠、根拠などがあるのではなく、ネット上で出回っている誰にでも閲覧可能な記事や動画に基づいている。おまけに、英語の読み書きや会話は基本的にできない。そんな程度の限られた情報を自分なりの論理、推理、想像などによって、誰が何をどのようなつもりで行っているのか推測しながら書いている。

 だから、自分でそのように考えなければ、もっと平和な気分でいられるのだと思う。自分1人で考えるのだから、どのように考えるかは全くの自由。とはいえ、論理というものには一定の縛りがある。論理的に考えると、限られた結論しか出ないことが普通だ。

 数学や物理なんてそうだよね。問題を解こうとして論理的に考えると、答えは一つしかなくなってしまう。もっとも、「平行線は交わる」なんて具合に前提を変えると、また違った世界が展開されるのだけれども、私が考えるのはあくまで常識的な世界というか、現実に目の前で営まれている社会での出来事になるから、奇想天外な話には発展しにくい。

 現在、自民党が裏金問題で大騒ぎだね。前回は「どうやらアメリカは、本当に " 金(カネ)がすべて " の国らしい。」と書いたけれども、日本も同じということかな。裏金問題がこれだけ騒がれるということは、政治家も、マスメディアも、一般人も、金がすべてと思っているのかもしれない。そのため皆さん金のことになると目の色が変わる。狡いことをしている人間を見ると腹を立てる。

 上から下まで、みんなが金に執着しているのであれば、何かを考えるときには金を軸にするといいのかもしれない。金の流れを追っていくことで、世の中のからくりが分かる部分が多いような気がする。

 ということで、前回は " 戦争と新型コロナ用ワクチン " のからくりを追いかけてみたのだけれど、個人的にはまあまあ納得できたような気がする。それは金の流れで世の中を見るという視点がかなり有効ということなのだろう。

 そこで、世の中で一番金の集まるところはどこかと考えてみると、おそらくそれは国ではないかと思う。世界一はアメリカの国家予算だろう。いくら世界には超大金持ちのスーパーリッチたちがいるといっても、国家予算に比べるとゴミみたいなものになる。

 それゆえ、国家予算というものは、ありとあらゆるところから、ありとあらゆる者に狙われることになる。ここからしてもうイヤな話になってしまう。私の小学生的な頭では、国家予算というものは、世のため人のため使われるものであるはずだった。道路を作ったり、橋をかけたり、犯罪を取り締まったり、争いごとを解決したり、困った人を助けたりなどなど、世のため人のためになるはずのお金だった。

 しかし、残念なことにそれはユートピアであって、現実の世界はそのような美しいものではないらしい。人が金を前にして何を考えるかといえば、できるだけ金を独り占めして贅沢な暮らしをするとともに、人々を顎でこき使えるような権力を持ちたいと思うようだ。そしてそのためには、金はいくらあっても足りないと考えるようになる。

 不思議なもので、私のような貧乏人はあまり金をほしいとは思わない。金を使うことを知らないというか、金でいい暮らしをしたり、金で人を使ったりすることがないためだ。しかし、一定の収入以上のある人たちは、がぜん金欲が盛んになる。

 おそらく、金があるからうまいものを食べているけれども、そこで思うのだろう。「もっと金があればもっとうまいものを食える」と。あるいは、とこかの会社へ投資をして、下にも置かない扱いを受けて気分を良くする。すると「もっと大きな会社にもっとたくさん投資すると、もっと神様扱いしてくれる」と思うのだろう。

 そんなことがあるものだから、この世の中、金持ちほどたくさんの金をほしがるという傾向があるみたいだ。それゆえビル・ゲイツのように、何兆円財産があろうとも、あこぎな商売を広げて、さらに財産を殖やそうとする。私などは、そんなに金があっても使い切れないだろうと思うけれど、金持ちには金持ちなりの使い方があるようだ。

 もっとも、貧乏人は貧乏人で、「毎月の小遣いがあと1万円増えるといいなあ」なんて思っているから、この世の中、貧乏人から超大金持ちに至るまで、皆が金を欲しがっていることにはなる。

 ほとんどの人がそのように思っているものだから、金の争奪戦が始まる。そして、一番のお宝の山である国家予算には人が殺到して群がる。その整理をするのが政治家の仕事になるのだけれども、ここで面白いというか、滑稽というか、深刻というか、みっともないことが生じる。

 それは、政治家自身も金が欲しくてたまらないということから派生する。たとえ話をすると、サッカーでいえば政治家は本来は審判のようなものだけれども、その審判がどちらか一方のチームを勝たせたくて仕方がないという状況と同じようなものだろう。

 その結果どうなるかといえば、公平な審判をしなくなる。自分の勝たせたいチームに有利なように笛を吹く。それどころか、状況によっては、審判自身が試合に参加して、敵のゴールにボールを蹴り入れようとさえする。

 「そんな馬鹿な」「アホらしい」というような例えだけれども、それが現実に、日常的に行われているのが政治の世界になる。いやあ、本当にこれはもう、大変なことだね。それこそ仁義なき戦い。

 おそらく、歴史上贈収賄とか、横領などということは、政治の世界で数限りなく行われてきたのだろう。そのために、それを防ごうとして法律が整備されている。しかし、政治の金にまつわる犯罪は、原理的に絶対になくならない。避けることが不可能だ。

 今回の裏金問題で、岸田総理が処分を発表したことで散々叩かれているけれど、その中のうなずける意見として、「泥棒に泥棒仲間の処分させても意味がない」というものがある。岸田総理からして真っ黒なのだから、しかも、その総理は無罪放免とするというのだから、何のための、誰のための処分なのか、デタラメにも程がある。

 裏金で騒がなくても、政治家は常時不正をしている。新型コロナ対策では、11兆円という巨額の金が使途不明のまま消えてしまったという。それらが全部横領されたとは思わないけれども、政治家お得意の手法としては、自分の支持者や支持してくれる企業には極めて厚く、それこそボロもうけと思えるほどの予算を回している。

 そのような企業のもうけの一部は、当然のことながら政治資金パーティー券の購入にも当てられるわけで、今回の裏金問題に直接繋がる。企業に支出された予算の出どころはどこかといえば、私たちが納めた税金なのであって、つまり、途中経過を省くと私たちの税金が、政治家のポケットに入っていくようになっている。ある種のマネーロンダリングだ。だから政治家は、「政治資金パーティーをやめる」とは絶対に言わない。

 そのような政治家たちが、自分たちの不利になるような、清潔な政治が行われるような法律を作るわけがない。それこそ泥棒に泥棒を取り締まる法律を作らせるのと同じなわけで、実際問題としても、政治家が作る政治資金規正法は穴だらけのザル法だ。

 それにしても、貧乏人はアホらしいねえ。私はうだつは上がらなかったけれども、遊び暮らしてきたわけではなく、長年サラリーマンとしてそれなりにつらい思いもして働いてきた。そこから、税金という名目で金を強制的に巻き上げられてきた。そして、その金は政治家など一部特権階級のポケットマネーになっていたのだから。

 あ、私は左翼ではありませんので、念のため。でも、こういうことを書いたら左翼になってしまうのかな。100歩譲って左翼であることを認めたとしても、アメリカ民主党のような全体主義者、共産主義者ではありませんよ。単にあこぎな方法で金儲けに走る政治家などが気にくわないだけ。

 そうそう、これは必殺仕事人や、暴れん坊将軍や、水戸黄門など、日本の時代劇的な正義感なんだな。日本人の自然発生的な古くからの価値観といっていいように思う。勧善懲悪ということだね。今の世界は、アメリカを先頭として、この勧善懲悪を破壊しようとしている。その方がもうかるからね。自民党もすっかりその流れに乗って、自分を省みることがない。

 日本の政治家が段違いで金に汚くなったのは、おそらく安倍内閣からではないかと思う。きっと安倍元総理はアメリカをお手本としたのだろうな。アメリカは日本に比べると、政治資金関しては比べ物にならないくらい自由というか、ラフな状態で、日本基準で考えるといくらでも違法行為が可能らしい。

 それを取り入れたのだろう。河井夫妻の選挙違反なんて、1億5000万円もの選挙資金が自民党から河井夫妻に渡され、それが買収の資金になったようだけれども、法律など完全に無視された。結果、河井元法相は刑務所入りになったはずだよね。

 ああ、そうか。今回の安倍派、二階派に対する処分は、岸田派の安倍派潰しということなのかな。河井夫妻の選挙違反は、安倍派の岸田派潰しだったからね。実際に金を用意したのは二階元幹事長だったのだろうし。今回やっと意趣返しができたということなのかな。あの煮え切らない岸田総理が、そういうことはきちんとやるわけだ。

 つまり、現在自民党内では抗争事件勃発中ということなのだろう。もっとガンガンやればいいね。そして、自民党分裂というところまで行けば面白いのに。猿山だって、強いボスが消えてしまうと群れが不安定になって、ボスが交代するのはもちろん、群れが分かれたりもするらしいから。

 そして、今の世の中は、日本の自民党というボス猿を支配している、アメリカという上位のボス猿が弱ってきたものだから、日本の政治家の群れも不安定になってくるのが自然。形式上は相変わらず自民党一強ではあるけれども、これまでにない不安定さを多くの人が感じているように思う。

 大体において私みたいな者が、自民党の金の動きを推測できるくらいに、タガが緩んできているというか、統率がとれなくなってきているのが今の日本の政治。そのことは、自民党自身も感じているものだから、違法であろうが脱法であろうが、自分たちの地位を守ろうとして苦し紛れに汚い手口を連発する。それがさらに不安定さの材料になってしまうという悪循環。

 きれいな政治、清潔な政治などというのは所詮絵に描いた餅ということかな。どうやら、最初から、政治家というものはヤクザよりもはるかに悪質であると思っていた方が間違いがないようだ。現在は自民党も、山口組も、どちらにしたところで反社会的集団には違いない。いや、悪の影響がはるかに大きいのは自民党の方になる。

 提案が一つある。現在は政党というものがあって、自民党、公明党、立憲民主党などと名乗っているけれども、 " 党 " などという上品な名前を許さず、ヤクザと同じに " 組 " にしてはどうだろうか。つまり、自民組、公明組、立憲民主組といったように。そうなってはじめて、「名は体を表す」ようになると思うのだけれどね。