しばらく前にひょんなことから昔の映画を見たら(「ギターを持った渡り鳥」)、そこに小林旭と浅丘ルリ子が出演していて、どちらもまあ、実にいい男といい女だと思ったことから興味を持った。小林旭はハードな男らしさの一方で愛嬌のあるのが魅力的である。兄か姉でもいるのだろうと思ったら、第一子だというから少し意外である。

 

私は大体において男よりも女が好きなのだが(そうでなかったら話がややこしいことになる)、小林旭に関してはちっとも拒否的、否定的な感情が湧かず、素直に見ていられる。男もこれだけいい男になると、お相手が浅丘ルリ子の次が美空ひばりと、とんでもない豪華メンバーになるのも自然なのかもしれない。うらやましいものである。

さて、浅丘ルリ子の方は、美人は間違いなく美人なのだが、私にとってはもう一つよく分からないところがある。違和感があるというか、なにか変というのか、調子が外れているというのか、世間擦れしていないというのか。特に何か、変なことを言ったりしたりしているわけではないのに、もう一つ納得しにくいというか、腑に落ちないというか、そんなものを感じる。

ネットを眺めていたら、たまたま「女優 浅丘ルリ子 咲きつづける」(著者:浅丘ルリ子)という本があったので、アマゾンで古本を購入してみた。「あとがき」の日付は2013年10月になっている。まず目を引いたのが、小学校5年生の時に、母、姉、妹と一緒に撮ったという写真である。「あっ」と思う。「この子は」と思う。

明らかに可愛い、美形である、整っている、人目を引く。母とも姉とも妹とも似ていない。父は大蔵省の役人だったというから、地味な仕事である。その娘を芸能界にデビューさせたのには少し違和感を感じていたが、小学校の5年生でこれだけ美形だと、父親がそれを何かに使えないかと考えるのも不思議はないような気がする。

「器量望みで貰われただけあって、外側から見たお秀はいつまで経っても若かった。」というのは夏目漱石の「明暗」の中の一文である。娘が美人であるときに父親が思うことの中に、娘の器量をどのように活用できるかということがあるはずだ。

ふとこんなことも想像した。本当にここの家の娘だろうか。どこかから養子に貰った、あるいは、父がどこかで生ませた子ではないか、と。戦前である、満州である、そんなことがあったとしても不思議というほどのことではない。

それに、浅丘ルリ子の顔立ちや表情もどこか日本人離れしているようなところを感じる。私がよく見慣れている日本人とは違うものがある。かといって、白人とのハーフという感じもしない。まあ、そんなことはともかく、美人は美人でも少し変わった雰囲気の美人ということである。

小学校5年生ですでに美形であり、中学校にも満足に通えないほどのスターで、高校にもいかず、14歳から20歳までで75本の映画に出演したという。もちろんそれ以降も有名女優として生活した人である。その経験の幅の少なさや偏りからすれば、少し変わった人になるのも無理はないかもしれない。おまけに、生まれながらにしての美形というのは、本人に大きな影響を与えるに違いない。

自分では何の労力も払わないのに、勝手に周囲が騒いで、褒めそやすのである。それが幼い時からである。そんな美人にとって世の中はどのようなものに見えるのだろうか。そのような経験を全くできない男が想像するのはなかなか難しいものがある。

思い当たるのが、高校の時にえらく勉強のできた男がいたことである。2年生の時からいつも全校でトップ。しかも、全然勉強しているようには見えないというか、努力している雰囲気は全然なかった。当然のように、東大法学部現役合格であり、そのくらいにまでなると、男も美人と似たようなものかとも思う。

高校時は劣等生だった私も中学時は比較的勉強ができて苦労がなかった。英語ができなかったが、それ以外の教科は授業だけで全部覚えることができた。成績の悪い子と、勉強しないのにまあまあできる自分を比べると、なんだか得をしているような気分になった。

しかし、浅丘ルリ子の持って生まれた美人度は、私などとてもではないが比較にも何もならない。美人なりの苦労もいろいろあるには違いないが、人生で圧倒的なアドバンテージを得ているのは否定しようもなく、男などが想像できる範囲を超えているに違いない。それが私が浅丘ルリ子から感じる違和感の原因になっているような気がする。

「私は27歳でした。(中略)ふっくらした少女の顔から、きりっと整った大人の女性の顔に変わり、体にも芯が通ったようになっていました。この頃の写真を見ると、可憐さと妖艶さの二つを持ち合わせ‥‥‥、綺麗だなと自分でも正直、思います。」 この一文を読んで私は思わず羨望のため息が漏れてしまった。本当に美人の中の美人だと思う。

私が浅丘ルリ子にこだわる理由は、美人であるということの他にもう一つあるように思う。YouTubeで予告編等を見ていたら、「あれ? これお袋の着ていたオーバーコートと同じだな」と思ったのである。考えてみると、私の母親の髪型から服装から、ずいぶん浅丘ルリ子に近いものがある。

戦後の混乱期が終わり、生活にも少しゆとりができて、ファッションにも目が向くようになった昭和30年代。映画もカラー化された。当時の私の父親の好みは知らないが、私が浅丘ルリ子に目を向けるのと同様に好みだったこともありうる。そのせいで、母親は浅丘ルリ子を一所懸命取り入れたかもしれない。

浅丘ルリ子はちょうど私と母親の中間くらいの年齢であり、そんなことがあってもおかしくないと感じる。私が浅丘ルリ子に惹かれるのは、ある意味、親の因果が子に報い、である。
ニコニコ汗