先日より、”老い”ることについて書いてきたが
現在私は30代半ば。
時の経過(老い)により
関節リウマチや腫瘍のような、
身体的な変化が生じてしまった。
産まれた瞬間のフレッシュな状態にはなかったファクターは、
確かに私の身体に「病」というマイナスの影響を与えた。
それは命を脅かすものなので、
正直とても残念なもの…に違いない。
だけれども、
私の身体に蓄積される日々の経験は、
記憶として大切に刻まれていくし
一瞬一瞬生きながら
新鮮な感覚を感じ、
新しい思考を生成していく。
また、自分の無知さを知れば知るほど
知識への欲が掻き立てられる。
そして、
どこかに吐き出したいと思って
こうやってブログに書いたり、
なにがしかの文章にして、
人に見てもらおうとするようになった。
いわば、
私は、
私という土壌に栄養を与え、吸収させ、
苗を少しずつ成長させている。
(花にはまだなってないが)
そこそこに種として残せないかと
試みている途中である。
30代半ばの”中年”たる私は
日々、自身の”老い”を目の当たりにしながら
若くはなくなっていく自分の変化を
・・・なんだか楽しんでいる。
私の”好み”が少し年上の女性だから…
というのもあるのかもしれないけれど
ふとした時に
自分に対し「少しいい味出てきているかも」
と
ほくそ笑むこともある。
勝手に、身勝手に、ナルシシズムに、
「このままいけば、子供の頃に憧れたような中年になれそう…」
と思ったりする。
それは・・・
外見か?
内面か?
はっきりと区別できるものでもないほど
私たちの身体に蓄積される様々なものは
外見と内面に相互に影響を与えている、と私は思っている。
(だって、それこそ「その人となり」だと思うから!)
こんな私だけれど、
40代、50代、
自分の憧れた歳の重ね方ができたらいいな、と。
そんな風に、期待に胸を膨らませる。
(あくまで、
”純粋な子供の頃抱いた憧れの姿”に近づけている、
という感覚だけであって、
実際には、
例えば!今憧れている”あの人”には
遠く及ばないし、及ぶはずもないのだけど。)
それでも、
毎日、一生懸命にできる事を探しながら生きている
今を楽しむ私は、
ペース乱れる大事件さえ起こらなければ
良い歳のとり方ができるような気がしている。
自分の望む歳のとり方をして、
自分らしい”味”と”魅力”を手にしたい。
・・・だからどうか、それまで生きられますように!
直近一か月先のことすら、
ふいに不安になることもあるけれど、
私には憧れる未来がある。
これから先、”老い”ていく自分を楽しみたい。
2010年に立ち上げたこのブログを
恥ずかしいと思いながらも、今日まで封印せず
ほそぼそと温存させておいた私である。
40歳を、50歳を、迎えたころに、
今日のこの記事を改めて読み返す、
そんな穏やかな未来が
やってくることを願いつつ。