「どうしてるだろう」
私がそんな風に思う相手は
実のところ何人かいる。
先生は言わずもがなだけど、
所謂”元カノ”の事も
ふいに脳裏によぎったりする。
東京の時に付き合ってた例の人とは
私の手術後に何度か会ってお茶友になったから
一旦消化できている。
とりわけ気になっているのは、
地元で10年くらい付き合っていた彼女。
・・・「付き合っていた」と
過去形なのか現在形なのかも
よくわからない腐れ縁みたいな相手だけれど。
いや、きちんと恋人関係だった過去はある。
恋人同士だったことは確かだけど
最後の方は・・・うやむやだった。
彼女との最後のやりとりは、
私の入院の前。(5月上旬)
最後に会ったのは、今年の頭。
去年の10月、
彼女の父親にステージ4のがんが見つかった。
同じころ、
私の父にもステージ4のがんが見つかった。
今年に入り、
私の腫瘍が見つかり、入院・手術することが決まった。
と、ほぼそれを追う時期に
彼女の母親も、(もともと認知症を患っていたが)
別の疾患が見つかり、”延命治療なし”の状態になったらしい。
去年の暮れから
彼女も私も、ばたばたしていた。
自分の事、家族の事、仕事との兼ね合いの事。
元々、10年以上も付き合っているためか
よくも悪くも
お互いにあまり執着がなくなっていた。
一緒に住んでいた時期もあったが
彼女が巻き込まれた”大事件”をきっかけに
同居しなくなっていた。
彼女の求める恋人の条件は
”家族のように過ごせる人”だそうで。
一緒に住まなくなった時点で、
私の価値は無くなっていたのかもしれない。
そんな環境やそんな彼女からの扱いに
私自身も
「こんなもんか」と思い、順応させられ
何の期待もしなくなった。
会えたら嬉しい、とか
別居時代も最初の頃は思っていたけど
たぶん、私の「会えてうれしい」と
彼女の「会えてうれしい」は
温度も質感も全く違うのだ、と再認識した。
なんとなく分かってはいたけど
それでも恋人同士だと信じられていた約10年。
「私の彼女はこの人で、
きっとこの先も、
行き当たりばったりだとしても
この人と共に生きていくのが
私の定めなんだ」
と、言い聞かせていたし
信じていた。
どちらかというと
疑いもしなかった。
私の中の
かつての憧れ(=つまり先生!)は残り続けども
学ぶことを手放した私にとって、
それはもう、別の世界の話だ、
過去になったのだ、
私の生きるべき現実ではないのだ、と
思って過ごした。
大学を卒業した後の私にとって
(1年と少しの、最初の彼女とのお別れの後は)
彼女と生きていく事が、私の人生だった。
言うなれば
彼女は”連れ合い”だった。
何度か距離を置く時期はあったけど
それでも、私たちの縁が切れる、なんて
考えもしなかった。
それくらい、私達は
強い絆で結ばれているはずだった。
だからこそ、
今年の5月以降、
音信不通になった時には
本格的に
「これが縁の切れ目」かもしれないと
思わざるを得なかった。
今年の2月、3月、
勿論会うことはなかったが
やりとり自体も減っていった。
こちらからの
「お疲れ様」
に既読がつかなくなった。
3日くらい経って
既読がついたとしても
返信はなかった。
心配していても、
それをうまく伝えられず
メッセージを送っても
意図は伝わらなかった。
手術の事を
直前に伝えたけど
「保険OK?」(保険には入ってるか?の意味)
とだけ。
そして、そのころ
あちらのお母さまの事を教えてくれた。
もう、彼女も追い詰められているのが分かっていたから
それ以上私から掛けられる言葉はなかった。
心配したところで、
相手からすれば
「心配してるふりして会いたいんでしょ」
と思われる気がして
不本意だった。
そうでなかったとしても、
もう既読無視されるのも苦痛だった。
例え返信がきたとしても
愚痴か文句か嫌味か何か、でしかないのも
分かっていたから、自分の気分も害したくなかった。
私の行動すべてが
彼女にとっては雑音。
私に出来ることは、もう何もなかった。
だから
「もういいや」
そう思った。
初めて
彼女への心配を手放した。
「好き」な気持ちはなくはないけど
どちらかというと
「愛してる」だし
その「愛してる」は
直接的に愛を伝えられなくても良い、
空中に溶けるような思い、だ。
もう彼女に届かなくていい、
(届くとやっかいなことになる)
私がひっそり自分自身の中だけで
彼女の行く末を案じている…
ただそれだけ。
と、そんな、思いに変わっていった。
なぜなのかわからないけど、
彼女は
”手放すとどこかに行ってしまいそう”なタイプらしい。
本人が
「そう言われる」と話していた。
・・・確かに、そう。
目を離すと、
どこかに行ってしまいそうだし、
なんなら、
命さえも手放してしまっているんじゃないかと
思わされるタイプ。
本当に、
”良い女”。
この半年、
連絡をとらなくなってから
私は何度か思った。
「生きてるのかな」と。
生存確認すら怖くて
彼女の家のエリアには近づかなかった。
何かのトリガーをひき
うっかり彼女のぬくもりを思い出す時には
懐かしい気持ちになったりはするけど
正直
「もう、過去になってくれ」
そう思った。
だって、
またつながったとしても
自分が苦しむのが目に見えているから。
苦汁を飲まされた過去と、
あたたかいなつかしさ。
後ろ髪をひかれそう。
だけれど、
私はもう、
恋愛なんていう次元を飛び越えて
自分の人生にフォーカスしたい、
と日々奮闘している。
厳密に言えば、
先生への気持ちにも
恋の要素を含むのだろうけど
この感情は、恋愛というより
人生を後押ししてくれる原動力のようなものだ。
恋愛として燃え上がらせて
消沈してしまうくらいなら
少し離れていたとしても
ずっと崇めて、心の奥底の炎にしていたい。
そんな、複雑な、狭間にいる。
ちょうど昨日の夜、
少し彼女のことを思い出した。
「どうしてるだろう」
ラインの画面に文章を打ち込もうとして、
やっぱりやめた。
「もうそこには戻らない」
・・・。
しかし、
今日(28日)のお昼、展開が。
「明け方、母が亡くなりました。
(略)
お通夜●●日
葬式●●日
(略)」
すごくお世話になったわけではないが
・・・
大切な人の、お母さまの死。
これは、行かねばなるまい。