お墓掃除に行って感じた事 | 学ぶ、敬う、そして。

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元・片想い日記。遥か昔、大学生の頃、同性の先生に恋をしていました。2010年の初期は、先生への恋路ブログでした。先生への恋は叶わなかったけど、それ以降同性パートナーオンリーの日常です。永らく休眠してましたが、2019年ブログ再開→頓挫→2023ぼちぼち再開。備忘録

こんばんは。

昨日今日と、オンライン勉強会が詰まっていて、

ちょっと疲れました。

明日も朝、出勤前にあるので

もう寝なくては、です。

 

さて、今日は

お墓掃除に行ってまいりました。

ぴかぴかに磨いて、

お花も供えて、まいりました。

いいお迎えが出来てるといいな、と。

 

去年までは、

父も一緒にお墓掃除にバリバリ参加していましたが

今年は、横で休んでいてもらいました。

 

きついのに、ここまで一緒に来てくれてありがとう。

 

 

 

 

・・・。

ところで、

最近、家族でも議題に上がるのですが

我が家のお墓の今後、

今かなり、ターニングポイントです。

 

父は・・・闘病中ですし、

母も足腰が少しずつ悪くなっていて

お墓のある高台まで登るのがしんどそうです。

妹はいますが、遠方で、

ほぼ帰ってきません。

 

順番で行けば、

もちろん私が見ていくわけです。

 

お墓のお掃除などは、

まったく苦に思わないですが

行ける日が限られているので

一人で見るのはちょっと限界があるかなぁ、

と思っています。

それに、地元を離れる日がくるとすれば

それこそお墓参りは頻繁にはいけません。

病気のことも、絶対大丈夫!とは言い切れませんし。

(大丈夫!って言い切りたいけど。)

 

ちなみに、いとこなどもおりません。

 

 

・・・あと、実は、

叔父もいるのですけどね。

叔父は…、

ここで書くのもアレですが

ちょっと、家族の悩みの種、のような人なので

あてに、出来ないのです。

「やる!」って言って、やらないタイプです。

 

 

そういうわけで、

我が家的には、

そろそろ墓じまいを、と考えています。

そのあとは、永代供養を、と考えていて

お寺も目星をつけています。

 

父はすごく積極的。

私も母も、墓じまいできたらありがたい…と思っています。

今まで守ってきたお墓だけど、

頻繁に行けなくて、

無縁墓みたいにしてしまったら、

それこそ元も子もない。

できるなら、早く、しておきたいものです。

 

 

しかしながら、叔父は・・・。

「俺がお墓みるから」と言って、阻止。

実際やらないのが目に見えてるっていうのに!

 

 

 

・・・。

 

祖父は10年前に他界してまして。

5年ほど前、祖母が亡くなったころから

少しずつ

お墓の今後について、

ぼんやり話はしてました。

 

まさか、こんなに早く、

決断を迫られることになるとは

誰も思ってなかったですもんね。

 

踏み切れないのも無理はないかも、

とも思うけど

叔父の場合は、

多分、ぎりぎりであっても決断できない

すべてにおいて、too lateな人だから

正直強行突破してしまいたい。

 

叔父が駄々こねたところで、

結局そのあと全部担うのは誰なんだ…!?

そう、私じゃないか!

 

 

時代と共に、

家族の形は変わってきているし、

老後の形も、

亡くなったあとのことも、

 

どんどん変化していっている。

 

「自分がしなきゃいけない」と思うのは

昔の規範からくる、負い目みたいなものだと、

どこかで気づいてほしい。

確かに、仏さまになったとて、

自分の親だから自分でみたい、

と思うのは、良いことだと思う。

愛情深くて、私自身も、

”自分にできるなら”賛成だ。

だけれど、それは

”自分にできるなら”という条件付きである。

できないのでは、意味がない。

 

それに叔父の場合、

「しなきゃいけない」と本当に思うなら

本当に、やって、納得させてほしい。

お墓掃除みたいな、

自分の気持ち次第(ex.重い腰を上げる)で、

できるようなこと、なのだから尚更。

 

 

難しいならば、

時代と共に

普及し、一般化し、身近になってきた

サービスや解決法があるもの、は

どんどん利用した方がいいと、

私は思う。

 

 

多少コストはかかるかもしれないけど

悩みの種は消える。

自分も、安心。

今更、恥ずかしいものでもないだろうし。

プロは、何よりも精通してる。

 

 

とにかく、

叔父が早く決断してくれたら

ありがたいのだけど、思う日々です。

 

 

 

・・・。

後半、やや切実な内容になってしまい、

すみません。

 

迎え盆に、少し不謹慎な話だったかもしれません。

 

けれど、

現代人にとってのお墓のことは

人によってはかなり差し迫った問題なのでは?

と思っています。

 

今日のお墓参りでも、

無縁墓かなぁ…と思うところが見受けられ

少し寂しい思いになりました。

 

寂しいのは、その家族/そのお墓が

無縁になった背景を想像してしまうから、です。

寂しい思いになるのは

「うちはしっかり守らなきゃ」と背負う気持ちと

「うちも、いつ”無縁”状態になってもおかしくない」状況とが

表裏一体だからなのかもしれません。

 

 

 

故人や先祖を敬う気持ちは

変わらず持ち続けつつも、

これからは、(数十年前とは)

変わってきた社会の中で変化する生き方を

生きていくのだから、

その生き方に適う、

ご先祖様たちとのお付き合い方法を、

見つけて、バージョンアップしていかなくてはなぁ、

と思いました。

 

(と、そんなことを思ったのは、

 老後についての本を、今読んでいる影響なのかも!)

 

 

とりあえず、

おじいちゃん、おばあちゃん、

ひいじいちゃん、ひいばあちゃん、

ご先祖様!

 

おかえりなさい。

 

 

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