「別れ」の足音? | 学ぶ、敬う、そして。

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元・片想い日記。遥か昔、大学生の頃、同性の先生に恋をしていました。2010年の初期は、先生への恋路ブログでした。先生への恋は叶わなかったけど、それ以降同性パートナーオンリーの日常です。永らく休眠してましたが、2019年ブログ再開→頓挫→2023ぼちぼち再開。備忘録

4月から始めるお仕事の面接を受ける為に、

数日前から実家に帰っています。

東京へは今月半ばに戻ります。

実家、居心地悪いわけではないんですけどね・・・。

なんだかやっぱり東京が恋しいな。


 

しかしまぁ、卒業までもう約1ヶ月。

先生の生徒でいられるのもあと約1ヶ月です。

うーん、4年間お世話になりっぱなしだったから

なんか変な感じ。

 

そりゃ流石にいつもずっと

先生の事を考えていたわけじゃないですよ?

男性とお付き合いしてた時期と

被ってたりもしますから。

でも大体、数日ごとに、等間隔に先生の授業が有って

先生の話を聞いて・・・っていう感じだったので

いきなりパタリと会わなくなるなんて、

不思議でなりません。

 

今までもこういう別れは

何度も経験してきた筈なんですけどね。

なんだろう。

今回のは強烈。


 

東京と実家っていう距離のせいもあるのかなぁ。

 

 

そう、今日ね、

今借りているお家の管理会社から電話がかかってきたんです。

契約更新しますか?って。

でも卒業後の身の振りが決まってないのに、

無駄に東京にいるわけにもいきませんからね。

また今度の面接のお仕事も、

受かったとしてもどうせ地元勤務だし。


 

というわけで、

 

3月半ばには今のお家出て、実家に戻ります。




実家と東京の距離、めっちゃ遠いなぁ(笑)

1000キロだよ!

 

つまり、私の前(正確にいうなら、先生への恋路?)に

立ちはだかるのは、卒業だけではない、のです。

東京と実家の距離も、なのです。


 

けどまぁ、

東京に居続けたとしても、先生に会うことがなければ

意味がないわけで。

 

だから、

「卒業まであと1ヶ月しかない」とか

「あと1ヶ月は東京に居られる」とかって言ったところで、

授業があって会えるわけじゃないんだから

・・・どこに居ても一緒。



この強制送還は、私にとって苦しく、又、辛いことです。

 

でも、大切なのは距離や時間の長さ・短さなどでは無い、

そんな風に近頃は思えるようになりました。


 

大切なのは、想いつづけることだと思います。

 

 

その時、どんなに熱く想っていたとしても、

いざ会えるよ!って時になったときに

気持ちがどこかに行ってしまっていたら

その恋は一生実ることはないですからね。


 

叶う見込みが無いから、と

一つ、また一つ、と恋を通り過ぎていくのが

世の常なのかもしれません。

けれど

私にとってのこの恋?(想い?)は、

手放しちゃいけないもの・・・そんな気がします。

 

 私を導いてくれた師匠として。

 慈悲深い女神として。

 強く大きな志を持った学者として。

 この世の美として。

 

唯一無二の、大好きな人です。


 

だから私は、

どんなに距離が離れても、どんなに時間を要しても、

先生の事を想い続けるつもりです。



独りよがりなのは十分に承知しています。

 

けれど、私は信じたい。

あの時、先生が言ってくれた一言を。

 

「東京に来れば会えるよ!大学に来れば会えるじゃん!」

 

って、やつ。

まぁ、気休めとか社交辞令的なものだとは思うけど。



 

いいや。

 

気が済むまで

 

何年でも、片想いしてよう・・・。