アメブロを再開するまでの数年間は、フェイスブックを中心に色々書いてきました。
思い起こせばWeb日記を書き始めたのは、Blogが世に出る随分前、17、8年をさかのぼる頃でした。
当時は今のBlogの様にレイアウトなど既存のものがあるわけではなく、メニューのアイコンなどやロゴなどは全て手作りで、書きあげた記事をUPするのもFTPツールを使う地味な作業でした。
それを思うとクリックひとつでUPできる便利な時代になりました。
技術的な部分の変化もさることながら、Web日記時代はオチまでを考え抜いたネタ的な日記を書くものと、世相を自分の価値観で斬るコラム的なものがほとんどで現在の様に
「今日はイタリアンを食べてきました~I」
とか
「彼氏とデートでテンションIMAX」
みたいなありふれた日常を書いたところで、相手にしてくれる読者など、ほとんどありませんでした。
なので一日にあった出来事を出来るだけ、面白く読ませるための苦労があり、日記=執筆活動的な面があり産みの苦しみを味わうのが日常でした。
その頃から思うと、自分も含めてですが、その日の出来事をツラツラと書きつづる作業なので続けて行く上での苦労もありません。
まあもっとも日記を書くのに苦労がつきものって事自体おかしな話ですが・・・・・・
ただBlogを続けていると誰もが疑心暗鬼にかかる部分ってありますよね?
なんのために書き続けているのだろう?
大半の人の答えは
「誰かに認めてもらいたい」
ここではないかと思います。
なのでBlogの運営会社はこの心理を巧みに利用しているわけです。
いいね!の存在です。
なにかを書く→いいね!の数とアクセス数に一喜一憂する。
長くWebで色々書いてると、正直いいね!の数なんてどうでもよくなります。
もちろんアクセス数も。
結局いいね!が欲しさに読んでもない記事に対していいね!をし、された方も読みもしないでいいね!をクリックする。
大半がこのパターンだと思うのです。
なにか記事をアップすると必ず商売臭がプンプンする方がいいね!してきますしね<いらんわwww
いいね!の数、いいね!をするためだけにクリックされた一瞬の為のアクセス数ってなにか意味があるのだろうか?
Blogのコミニュティー内はほとんどが匿名性の高いハンドルネームのやり取りで、大半は相手の方の所在などを知った上でのお付き合いは一部の方のみ、本当にいいかたちでお付き合いして下さっていた方の更新がぱたっとと止まって、やがてBlogが消失したという経験を何度かしましたが虚しい喪失感を覚えるんですよね。
ボクの中には今あの方はどこでどんなふうに暮らしてるのだろう?元気で過ごされているかなぁという方は沢山います。
そういうのも込みで一期一会。
それでいいのかもしれませんが、そんなお別れを何度か経験する中で実名、相手の方の所在も分った上でのフェイスブックにの楽しさを見出しました。
フェイスブックで友達を増やして行く上で自分に課したルールがいくつかあります。
どなたかを伝ってお友達のリクエストを送るのは、実際にお会いできた方のみにする、あとは元々Blogで長いお付き合いをして頂いていた方。
そんな風に決めてから数年経ちますが、徐々に友達も増えて今は約127人のリアルな世界での友達が増えました。
もちろん大人としてのフランクな関係ですので、お互いどなたも下心のない気持ちいい関係です。
今はそんな仲間たちとワイワイと集まり飲んだり、出かけたり楽しい日々を過ごさせて頂いています。
こうしたBlogでもそんな健全な出会いやお付き合いが積極的に出来るようになるとなお楽しいのではないかと思います。
このアメブロなどは、一部勝手に巡回するソフトを使って、いいねやペタをマーキングする輩も多く、顔の見えない世界、顔を見せたくない方が大半の世界。
だからこそ、ボクは百のいいねより、万のアクセスより、ひとつのコメントでのやり取りに価値を覚えます。


























