彼女らが成し遂げた快挙を否定するわけでもないし、たまたま女子サッカーのワールドカップの開催を知り、準決勝から観はじめたにわかな自分も感動を分け与えてもらったが、国民栄誉賞とはいかがなものだろう?と若干の違和感を覚えてしまう。
その背景は、これまでの選考基準があまりにも抽象的な場合が多く、単に政治利用のための賞としての色が濃いにもかかわらず「国民栄誉」などという冠名がついていることと、政局がなかった時に快挙を成し遂げた先人達がことごとくスルーされている点である。
そもそも、日本国民でWC女子のグループリーグの戦いが始まった時点で、開催を知っていた者がどれだけいるのか?うがったみかたかもしれないが、多くの人々が騒ぎ出したのは、開催国ドイツを破ってスウェーデンとの準決勝の緊急生放送が決まった辺りからではないかと思う。
大震災に見舞われ、その後始末もおぼつかない政権が叩かれ、国民の目を政治からそむけるにはうってつけのツールだとでも思ったのだろうか?
大震災、そして世界恐慌に及ぶのではないかというくらいの、先進国の経済状態など考えれば、今こそ、国民の目を世相からそむけさせている場合ではないのではと感じる。
一人でも多くの国民が今、日本が置かれている立場やこれからを考え、今までの自分たちを省みるタイミングであって、お祭りに現実逃避している場合ではないと思う。
同じお祭りでも「節電」というお祭りの方が、今までの怠惰で常に利便性ばかりを求めてきた自分らを戒めるという意味においては、よほど国民のこれからのためになっているのではないかと思う。
今回は団体では初の国民栄誉賞だったらしいが、「節電」にも行為に対して初の国民栄誉賞を与えてあげて欲しいと思う。
話がずれましたが、この時期での国民栄誉賞というならば、なぜ過去の受賞者である千代の富士の勝ち星を抜いて新記録を樹立した魁皇は選考対象にならないのか?相撲界が八百長問題に揺れたといえ、魁皇もグレーだという認識だからなのか?
自分の中では、メジャーリーグで2度にわたるノーヒットノーランを達成するなど、日米で200勝を達成したパイオニア野茂氏や、男子柔道で前人未到のオリンピック3連覇を成し遂げた野村選手が受賞していないことが不思議でならない。
一方では栄えある賞とみるむきもあるが、受賞したことで窮屈な生活を強いられることを考えれば、野村選手には、受賞してもらいたくないという気持ちはなくもないが・・・・・・
今日は天気も下り坂で、週末からの雨で一気に気温も下がるようですね。気候の変化には十分気を配って下さい。
それでは、そろそろ店内美化にかかりまーす!


