― 光焔 ―
今日のテギョンには選択肢が限られていた。
骸の回収がはっきりするまでは、黒煙をどうすることもできず、フニの同行を許したために、アンとの不毛の争いまで起こったのだ。
判断力が鈍ったと思わざるを得なかった。
檻という隔てがあるから、問題はないと判断したとおり、争いが大きくなることはないだろうが、多弁なフニがうるさくてたまらないのだ。
いや、うるさいだけならいいが、怒りは心に隙を作り、そこを黒煙が突くことも考えられた。
フニが自分を抑えられないのも、この地の影響を受けているからだ。
テギョンがため息交じりで首を横に振り、ジフンに急ぐよう告げて、早々に戻ることを選んだのも、何もできないなら戻って休んだ方がいいと判断したからに他ならなかった。
ミニョは、早くに戻ってきたテギョンを心配したが、少し離れた所から様子を伺うにとどめた。
『昨日とは違って落ちついている。』
ホッと胸を撫で下ろす。
テギョンの近くに立つヘイに目をやりながら、できるならあそこまで行って、触れて、無事を確認したいと思った。
だがテギョンに、視線がぶつかった途端に目を逸らされてしまっては、ミニョは諦めるしかない。
それがミニョを守るためだと分かってはいても、ミニョの胸は痛んだ。
『いつも守られるばかりで、迷惑な存在』
それがミニョの自己評価だ。
ミニョを縛る見えない鎖、と言ってもいい。
自分で何とかしようとするのも、それが理由であり、ダメだと分かった時に逃げようとするのも、それが理由だったのだ。
だが今のミニョは、その頃とは違っている。
少なくとも一人で解決しようとか、逃げ出そうとは考えていない。
沈んだ気持ちを立て直すのには、詰まってしまっている息を吐き出して、頭を上げるだけでいいと知っている。
ミニョは自ら気持ちを切り替えて、止めていた作業に戻った。
暫くするとシヌたちが戻ってきた音が聞こえてきた。
ただ、いつものような話声ではなく、重い足取りを示す音だ。
ミニョはまた一つ息を吐き出した。
濡れたシヌたちが思い浮かんだのだ。
ミニョは彼らが雨の中で力を尽くしてきたことを思いやると、いくつもの器を入れた桶と、大きなやかんで作った生姜湯を持って急いで出迎えに行く。
思った通り誰もがひどい姿で、すでに何人もの教徒がその場に座り込んでいた。
ミニョはすぐに用意した生姜湯を配り始めた。
自分にできる事は何かを考え、準備していたのだ。
彼らは、ミニョに頭を下げてそれを受け取ると、熱い器で冷え切った手を温めた。
立ち上る湯気が疲れを癒していき、ほどなく教徒たちの顔には笑顔が戻った。
土砂降りの雨に打たれて湯をかき混ぜた彼らの疲れは、いわゆる山の雨の冷たさと、足元の湯の恐ろしく不穏なものという恐怖心だったからだ。
一方でシヌとジェルミ、ドンジュンの三人は、明らかに力を使った事による疲労が目立っている。
「すみません、これぐらいしかできなくて。」
ミニョはシヌに生姜湯を差し出してそう言った。
それから「どうなりましたか。」と小さな声で訊く。
山から戻ってきたという事から、骸を塔には運んでいないということだけは分かっている。
『私の提案は・・・・・・結局、みんなを疲れさせただけかもしれない』
ミニョは自分の提案を後悔し始めていた。
もとより、上手くいかない可能性もあると分かっていたのに、今では失敗に対する責任から指先が冷たく感じられる。
シヌは何か言おうとして口を開きかけたが、結局黙ったまま生姜湯を口にし、ジェルミもドンジュンも顔をそむけたのだ。
決定的だと思った。
ミニョは項垂れて、小さく「ごめんなさい」と呟いた。
「私のせいです。 私があんな提案をしたから・・・・・・」
「ミニョのせいじゃないよ、あれはミニョのせいじゃない。
だけど・・・・・・」
ジェルミも説明しようとして、言葉を詰まらせた。
暗い表情が失敗を告げている。
その時フニが、「着替えを済ませてから話しましょう。」と口を挟んだ。
立ち入り禁止区域まで戻ったフニは、どこからか湧き上がっていた怒りが、嘘のように落ち着いたことで、思う事があったのだ。
それぞれに身支度を整え直すと、順に集まってきて、また輪になって座った。
仕切るフニも輪に沿って座っている。
「まず、何があったのかお話しください。」
フニがシヌに向かって言う。
シヌは二度ほど、口を開けては閉じるを繰り返した後で、その重い口を開いた。
「骨を拾う事には成功した。」
シヌは、まずミニョを見てそう言った。
ミニョは詰めていた息を小さく吐いて、ホッと胸に手をやった。
だがすぐに気付いた、だったらどうして暗い顔をと思ったのだ。
シヌの視線はミニョから外れて、テギョンに向けられていて、テギョンに向かって二度、小さく頷いた。
「骨を拾い上げる事はできる、だが・・・・・・
だが、形ある骨も水面を出てすぐに、砕けて一握の砂となり、・・・・・・風に舞った。」
神妙な顔で、シヌは簡潔にそう言った。
それ以上でもそれ以下でもない、骨は拾い上げられるが、すくい上げた途端に、風や雨に流されて散ってしまうのだ。
「光焔の地熱が原因だと思う。
長年、熱湯の中で煮続けられた結果、湯から引き上げれば形を保てないようだ。
ただ・・・・・・問題なのが、骸が回収できないってことじゃない。
湯の中にどれほどの骸が放り込まれたのか・・・・・・
どれだけの骨が白い砂と化して、堆積しているのかが分からないってことだ。
・・・・・・テギョン、恨み骨髄に徹すと言う言葉を知っているか。」
シヌの問いかけにテギョンがゆっくりと頷く。
「底に溜まっているのは骨じゃない。 恨みだ。
恨みが、熱の放出を防いでいる・・・・・・そんな気がする。」
シヌにしては珍しく、考えがまとまり切っていないようで最後も曖昧に言い終えた。
「まっ 待ってください!!
そんな、そんな・・・・・・ では・・・・・・では骸は回収できないってだけじゃなく、その・・・・・・その骨の灰を取り除かなければ、終わらないって事ですよね。
鎮魂は? 儀式で祓い清めても意味がないって事じゃないですか?」
狼狽えたフニは、その場で身体を起こして膝立ちとなった。 そしてそのまま膝で這いまわり、訴えながら考える。
「塔は・・・・・・塔はもうすぐ完成しそうでした。
そうですよね宗主。 完成したら・・・・・・完成したら、どうするんですか。 どうすればいいんですか、宗主。」
フニは両手を広げてテギョンを見る。
危険と言われてここに来て、何が危険かを見極めようとした。
しかしこれでは危険の意味合いが違ってくる。
「諦めろ。」
フニは見ているテギョンに首を傾けた。
まさかテギョンが、諦めろと言ったのかと思ったのだ。
半面、本当に諦めてくれるなら、それは願ってもない事だとも思う。
だがそれはテギョンの声ではなかった。
テギョンの後ろに置かれた、檻車からのアンの声だったのだ。
フニの見開いていた目が、スッと収縮した。
収まったはずの怒りが、また込み上げてくる。
フニは何か思いついたように、あ~と大きく声を上げると両の手を打ち鳴らした。
「忘れてました。 そうですよ。 塔が完成した時点で私たちの代わりをアン教主にお願いするって方法があります。
アン教主なら鎮められますよ、なにしろ光焔をこの状況にした張本人なんですから。」
フニは檻に向かって嫌みったらしくそう言ったが、アンは本気にしていなかった。
なんだかんだ言っても、ここに居る宗家の五人は、人道的な人物だと知っているからだ。
毎日毎日あの場所に連れて行くのだって、罪の重さと向き合わさせるためなのだろうが、ここに至ってもアンは後悔などしていない。
罪が確定し、刑に処されるとしても、そこには人道的配慮がなされるとの確信もある。
光焔がこのようになったのも、二次的被害によるもので、その二次的被害をもたらしたのは、他ならぬ模諜枢教の教主モ・ファランだからだ。
テギョンはフニを止める為、軽く手を上げた。
それから振り返るようにしてアンに顔を向け、はっきりと告げる。
「あの塔はあなたの墓だ。」
その低い声に、アンの顔から薄ら笑いが消える。
「あの塔に並べられるはずだった、光焔の人々の骸がないってだけで、刑そのものは変わらない。
あなたの残りの人生が、長いか短いかは俺たちが判断する事じゃないからだ。
今も、反省も後悔もしてないのだろう。
構わない、分からなくても少しずつ知ることになる。
あの塔の中でだ。」
アンは瞬間的に眉を寄せた。
塔の中に閉じ込められえるのは想定内だが、鎮魂を済ませて、この地が浄化されてからの話だ。
「ふん、その為にその身に黒煙を受け入れているじゃないか。
鎮魂をどう行うのか、すべての霊が祓い清められるのか、どちらにしても身を削るほどのすべての苦労は、私のためなのにか。」
アンの切り返しを、テギョンは可笑しそうに、片側の頬で笑ったが、それ以上は何も言い返さなかった。
テギョンはアンに背を向けて輪の中心に向き直ると、これからどうすべきかの話しに移った。
途中、テギョンはチラリとミニョを見たが、ミニョは一度も自分から何かをするとは言い出さなかった。
そして遅くまで話しても、良い手段は見つからず、答えを出すことはできなかった。
一旦お開きとなり、寝床に戻る前にテギョンはドンジュンを呼んで念を押した。
「ミニョに何もさせるな。」
ドンジュンも頷いて言う。
「明日からは、ミニョを参加させない方がいい。
ミニョの性格だと、知れば必ず動こうとするはずだから。」
これにはテギョンも頷く。
今度はヘイを呼んで、ある指示を出したが、それを寂しそうにぼんやりと見つめているミニョに気が付いた。
少し離れた位置で、互いに見つめ合う。
黒煙による衝動は起きなかったが、搔きむしられるような痛みが胸に広がった。
どこまでこの痛みは深くなっていくのか。
どれほど耐えればいいのか。
救いは、終わりがそう遠くない事だ。
話し合いは次の日も、その次の日も続いた。
ミニョはヘイと共に別の場所に行って、計画を知ることはなかった。
ミニョはヘイに「一緒にいなくても呼びに来るまで近づかない」と言い、ヘイはミニョに肩をすくめただけで、その傍を離れなかった。
その後は、何も話さなかったが、二日目の話し合い時にはヘイがミニョに「流れに身を任せるように」と切り出した。
「もう終わりにできるのだから」と。
「終わりにできるとは、どういうことですか。」
ミニョは静かにヘイに訊いた。
どこから情報を得ているのかは分からなくても、嘘を言ってはいないと、何故か分かっていた。
「転生が終わると言う事よ。
神だった私が、人に堕とされた恨みは消えないけれど、あなたはこの世から消え去るんだもの、最後くらいは、人生を全うするべきだって思っての助言よ。
それにこれでテギョンさんも火神に戻れるの。
長い旅を終えられるのよ。」
ヘイは得意満面の顔で、ミニョにそう言った。
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もう終わりも間近だって言うのに、
甘い二人どころか、切な系の展開になってしまって・・・
キャラクター上、
テギョンはその賢さで、
ミニョはその一途さで、
感情を抑えているのですが、
この賢さやら一途さが描けているかに関しては、
不安を残しています。![]()
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で、何度も転生を繰り返してきた中で、
それも、鎮魂という山場に直面しながらも、
初めての純愛に、悶えている![]()
そんな二人をお楽しみいただければ幸いです。