本牧読書日記。犬飼裕一「世間体国家・日本」・その構造と呪縛(光文社新書)。

「世間に顔向けできない」という後悔と謝罪の言葉はこの現代日本でも生きている。

かつては重大犯罪加害者の親が自殺してしまうこともあった。

被害者と「世間」への謝罪であり「世間体」という呪縛からの悲しい解放なのであろう。

ここではよく似た言葉「社会」は使われず「世間」という独特の単語が使用される。

「社会」と「世間」を対比すればこんな分類概念だろうか。

○「社会」・Society・ゲゼルシャフト・利益競争社会・階級・自己基準。

○「世間」・Community・ゲマインシャフト・共同体・階層・「世間体」他人の目基準。

人は人間関係を避けられない以上、世間(体)を完全に無視することはできない。

人々の世間(体)との関係が健全に機能すれば社会の安定や秩序につながるが、それが「負」の働きをすれば、個人の疎外や孤立、組織の硬直化や活動の減衰につながることになる。

人の心の中で、家庭で、学校で、会社で、社会で、世間体はどう作用しているのだろうか。

本書では網羅的に学術的かつ随筆風に書かれているので、幾つかの視点を略記してみる。

①「世間体というフィクション」。

世間体は多くの場合、個人の頭の中にある。

「構造」としては確かに存在するが、個人の受け取り方や対応の仕方によっても変化する「フィクション」性が強い。個人の価値観がどこに置かれるかによって、つまり社会と個人の相互作用の中でその意味が与えられるのである。自分の中に確固とした自己像があり自分を信頼していれば、周りのことなど本来ならどうでもよいはず。しかし必ずしもそうでない場合に基盤を世間体に置く比重が大きく、絶えず世間体を気にし「他人の目が気になる」のである。

②「宗教と世間体」。

キリスト教、イスラム教のような強い宗教性を持たない日本人社会にあったのはいわば「世間体教」。かつての農村に代表されるような指導者・有力者の下に形成された「ムラ社会」。少々の異端でも排除される構造の中で支障なく生き抜くためにはどうしたって「世間体」を意識せざるを得ない

③「現代的世俗主義」。

戦後の都市生活者は確かに古い「世間体」からは解放された。しかし彼等が目指す「良き学歴・職業・収入・友人・結婚・家庭」といった一連の「理想的な生き方」や「安定した社会集団の中で生活したい」との意識の中では社会の中で無用な攻撃を受けることもなく、かつ他人から軽視されたり蔑視されないことを基盤としつつ少しでも優位に立つ(但し目立たない形で)、そうした「現代的世俗主義」が成立する。

その中での「良き市民」。そこでは「世間体」を維持することが絶対条件となる。

④「「失敗を恐れる心」が産み出した「失われた20年」」。

このような「ことなかれ主義」「異端排除」「安全・安心主義」「新ムラ社会」が日本の経済構造にまで及んだのがバブル崩壊後の「失われた20年」ではないか。

その元凶には「世間体国家・社会＝日本」が横たわる。

⑤「ネットの中に形成される世間体」。

ネット社会が「民主的」であり、かつ匿名性を有することから、その本質は一種の無法地帯であり、現実世界の規範や世間体からは解放されうる世界と思う人も多い。これには一理ある。しかし実際は違う。発信者と受信者が直接結びつけられると必らず自己言及性が伴う。他者への問いかけはまったく同時に自分自身について同じことを人々から問われることになってしまうのだ。インターネットの即時性は、人々が常に「世間体」と直面する状況下に置かれることになったのだ。「炎上」はその典型的な現象であろう。

(この他、マーケティング・消費活動との関係や、コロナ対策での日本独特の施策や人々の言動・反応など、興味深い素材が幾多挙げられていますがここでは省略します)。

「世間体国家・日本」には功罪あるわけですが、僕自身の長い人生を振り返ってみると、特段の優位な能力も際立った個性も薄弱な自分には「功」の部分の方がずっと大きかったと感じます。

「世間体教・日本」がもたらす社会の安定や秩序のみならず、身を置いた会社組織すなわち最も「ゲゼルシャフト・競争社会」であるべき企業生活の中でも、むしろ「ゲマインシャフト・共同体・世間」に包まれていたような、そんな回顧感を覚えるのです。

現にその延長のように引退後13年の現在も僕は会社の同期同僚・所属事業部・関係会社別に五つのOB会に出席する交友関係を維持しています。本来はライバル同士であるべき人々と和気あいあいの「OB会」なるものが存在すること自体が日本企業独特の、世界的には異例の存在ではないでしょうか？

高度成長や終身雇用も影響しているでしょうがそれだけではない。

やはり「世間体国家・日本」が土壌になっているからでしょう。

僕はOB会に「戦友会」に近い感覚で出席しているような気がします。ライバルというよりも苦楽と価値観を共にした友人達。「異端者」は既に去っているか欠席ですから、少々気が合わない仲間がいても「どうということはない」のです。虚実取り混ぜた思い出話に興じます。

こうした企業土壌が本書指摘の通り「グローバル・ゲゼルシャフト時代・投機資本主義」の世界にあって日本の大きな弱点になっていることに異論はありません。

でも往時の土壌が全く流れ去ったら、逆に日本企業は生き残っていけるのでしょうか。

「世間体」はまだしも「世間・ゲマインシャフト」の長所の部分は日本が今後も維持すべき重要な基盤だと僕は確信するのです。現役激戦中の若い諸君から見たら「高度成長下だからこそ生き残れた、相変わらずの旧人類」でしょうけれど……。

著者は早大文学研究科博士課程修了、博学の日大文理学科教授です。

３月後半から読書時間が充分取れず「ブログ週イチ」のペースが乱れがちとなっています。

今回は手持ち本の中から読みやすそうな本書で慌てて作成しました。

切迫の理由は春休みで子供・孫達との交流・会食もありますが、最大理由はテレビ録画を消化する時間。画像からの知識や情報は今や不可欠のものとなっていて、今の僕には読書と並ぶ重要な時間となっているのです。昨日では例えば「東京裁判」の記録映像。1時間以上に及ぶ完全映像は初めて見ました。広田弘毅の人間像も西独ブラント首相の果たした歴史的役割も改めて認識しました。

それから「中国長距離ドライバーのドキュメント映像」。請け負い仕事で単価のよいラオス、チベットと2000キロ以上の悪路を仲間を助けながら車中泊5日間で走り抜く中年ドライバー。故郷の妻子のもとにはまともに帰ったことがない。故障修理代などが多額になった時は大型トラックのローン支払さえままならない。荷物を引き渡してアルコールの入った夜には様々な悩みに運転席で号泣する。そこには習近平の「シ」の字も共産党の「キ」の字も出てきません。ウクライナともガザとも別世界です。でも画像でしか知ることのできない中国の「現実」なのです。僕はこれらの画面の前で言葉を失います。

一方、N響もあるし将棋トーナメントは全部見たいし、志ん生ゆずりの志ん朝名演「火焔太鼓」は永久保存と、楽しみの時間も省く訳にはいきません。

今週末から本牧山頂公園、三渓園、根岸森林公園と、やっと満開の桜を巡る予定です。