本牧読書日記。ジェレミー・デシルヴァ「直立二足歩行の人類史」・人間を生き残らせた出来の悪い足 (文藝春秋)。

進化論、特に人類の進化(以前の「猿人→原人→旧人」を現在は「ホミニン」で一本化)について興味を持つ人は多いと思う。「我々はどこから来てどこに向かうのか？」のテーマに強く関連するからである。僕も進化の樹木図(画像は本書からコピー)から幾つかの知識を得ている。現在世界に存在するあらゆる生物は樹木図の梢の先の葉のようなもの。太陽の光を浴びて樹木の表面を覆っている。しかしその下の陰には分化(進化)してきた幹や枝の数々と絶滅した膨大な葉(生物)が存在していた。

人類(ホミニン)の系統も7～800万年前に類人猿(ゴリラ、ボノボ、チンパンジー)の系統と分かれ、ホミニンの進化の過程の中で20数種の絶滅人種が確認されている。

全部はとても覚えきれないが有名な人種だけでも、身長が120cm位のニックネーム「ルーシー」に代表されるアウストラロピテクス・アファレンシスや同じくアフリカヌス等のアウストラロピテクス系(450～250万年前)。250万年前頃からはホモ・ハビリス(器用な人・発達した石器を使用)やホモ・エレクトス(アフリカから世界の各地に拡散)同じくフローレシエンシス(短身長)等のホモ系(火を使用、狩猟具等も発展)へと展開してきた。そして50万年前頃からハイデルベルゲンシスからお馴染みのネアンデルタール人、デニソワ人、20万年前頃からの我々ホモ・サピエンスと進化してきたのである。

二足進化のイラストではよくナックルウォーク(前肢こぶし歩き)のサルの姿から次第に立ち上がって直立二足歩行のホモサピエンスまでが描かれ「人間はサルから進化した」との間違った認識が行き渡っている。しかしこれは間違い。人間は分化した時のサヘラントロプス・チャデンシス(それ以前の化石が見つからないので最古ホミニンと考えられる)から二足歩行だったらしい。そこからの太い枝がホムニンの進化プロセスなのである。大事な事はホミニンは「直立した」二足歩行であること。

類人猿の方は何と名付けられているか知らないが分化した時の「何タラ」から「サルの進化」が始まりゴリラ等の現在に至っている。彼らなりの進化の道筋なのである。こちらは皆「ナックルウォーク」。一時的に立ち上がることがあっても「四足歩行」であることははっきりとしている。

再度確認すると「人間はサルから進化したのではない」。

それは「直立二足歩行」か「四足歩行」かの歴然とした差異で証明することができる。

気候変動か何かの要因でホミニンは森林から草原に出てきた。

二足でいくら一生懸命逃げても肉食獣の格好の餌となる。弱者は何故生き残れたのか？

互いに助け合う社会性が発達したり「知恵」即ち脳容積が増大したり、殺し合う争いの減少や火を使った柔らかな食物により犬歯が小さくなったり……よく知られた人間の「進化」である。

そこでは必ず前肢を使って運搬や狩猟や家事や育児と、四足歩行動物では不可能な高度で能率的な作業が可能になったのである。

「何故二足歩行になったのか？」には多くの仮説がある。あのドーキンスは「ミーム仮説」。即ち一時的な二足歩行は霊長類に散発的に見られる。それを見た個体はその技能を羨み模倣しようとする。二足歩行様式のミームと遺伝子との共進化が引き起こされたとの説である。でもこの説は上記のホミニンと霊長類とのそれぞれ分化した進化の説明とはどう調和するのだろうか？素人の僕には納得できない。

彼のツィートには433のフォローがあったそうである。「武器や道具を使うのに手を自由にするため」「獲物を長時間追跡する持久力を得るため(体毛が消え発汗による身体冷却)」「丈の高い植物から頭を出して辺りを見渡し捕食者から身を守るため」「水中で身を守るため」…これらはまともな説である。

「ご冗談でしょう」型まで登場する。「ストーキング説=二足で獲物にそっと忍び寄り石をぶつけて仕留める」「ケツ歩き説=地面で餌をあさっていた類人猿が尻を地面につけたまま餌場から餌場へと移動するうち次第に直立姿勢になった」「露出狂説=直立して性器を見せつけるオスの方がメスに人気があった」「ダチョウの物真似説」……まだあるが止めておく。話を面白くするためか著者はこの種のエピソードを盛り沢山に、邪魔になる位に挿入している。奇説が殺到する程一般人の関心が高いということだろう。

著者は化石の足首の研究者である。

「二足」だけの生物だったらいくらでもいる。恐竜だっていたし鳥がそうである。鳥は前肢(羽)で飛ぶ方が本職で二足歩行は不器用である。でも羽根が退化したダチョウは人間の二倍の速度で走る。

人類(ヒト)は「直立」しているところに最大特徴があると著者は幾度も言う。

体幹を直立させて歩き、立ち止まれば頭が腰の真上にくる動物はヒトしかいない。

類人猿やヒトの頭蓋骨には脊髄がつながるところに穴が開いている。この穴を大後頭孔といいヒトでは頭蓋骨の下側にある。それは直立二足歩行をするからである。一方ゴリラ等では大後頭孔は頭蓋骨の後ろ側にある。四足歩行だからだ。この歴然とした差で化石での判定がなされる。

足首の話になると説明はずっと詳しい。

例えばアルディピテクス・ラミダス(ルーシーより100万年も前の450万年位前)の女性「アルディ」の足首についての説明・p.113「アルディの骨には二足歩行するためヒトに備わっている重要な特徴のいくつかが見られた。ただしアルディの歩き方は間違いなくわれわれのそれとは違っていた。アルディの足関節は類人猿のそれによく似ている。彼女はヒトのように足を自然に地面につけて立つことはできなかっただろう。その代わりヒトよりも柔らかい足関節のおかげで木に上るときに足の指で木の幹をつかむことができただろう。足の親指側はものをつかむのに適した、長く横に張り出した親指を含めてチンパンジーに似ているが、小指側はヒトの足に似ている。二本足で移動するときには彼女の足の骨はしっかり固定され地面を押し返す硬い足底を形成したことだろう。アルディピテクス・ラミダスの骨はわれわれ自身の足についての驚くべき物語を明らかにしてくれる。ヒトの足は小指側から親指側に向かって進化したのだ。ヒトの足は数百万年をかけて継ぎ合わされてきた。さまざまな解剖学的特徴のモザイクなのだ」。

この辺は僕でも理解できる。ラミダスの頃は直立二足歩行だけれど足の親指で木の枝を掴める程度には機能が残存していたと推論できるのだろう。更に遡って最古のホミニンのサヘラントロプス・チャデンシスではむしろ樹上生活が主であったというのが著者の主張らしい(これは巻末解説によると学会では「異説」の部類らしい。そこに著者の革新性があると解説されている)。

本書は豊富な話題に満ちた本である。

ニュースにもなった何百万年も前のヒトの足跡が残っていた話(大人と子供の数人のグループ。規則正しい歩行をしている)、新生児の歩き始め(誕生後すぐ歩き出す他の動物との差異)、直立二足歩行の弊害(骨盤の長さが短くなったので胎児は回転しながら出てくるような難産型)、ウォーキングの効用(筋肉がつくり出す蛋白質「マイオカイン」にその鍵がある)等々。

そして最後の章は「化石には生前の骨折や傷・損傷の痕跡が想像以上に多い。そしてそれが死因となっていない。損傷した後も生きのびたについてはグループ内の援助があったに違いない」として、ヒト同士が有する「共感」「協力」「利他的行為」(一方ては利己的行為も強いが)の強さ、つまり誰でもが納得できる結論へと導かれている。まさしくそれがヒトの本性でありこの「出来の悪い足」の弱者が地球を支配するまでに発展できた根本理由なのである。

僕は先月、加湿器のお湯を捨てようとして生まれて初めての「ぎっくり腰」になり数日間の鎮痛剤と湿布で治まった。「腰痛」は直立二足歩行の宿命弊害のひとつといわれています。でも少々の腰痛に悩まされても直立二足歩行であってよかった。四足なんてまっぴら。

散歩途中、街頭のガラスドアに映る我が身をチェックして、背筋を伸ばし足をしっかりと踏みしめ腕を大きく振って唯一の直立二足歩行動物の誇りと共に歩んでいこう！