本牧読書日記。キース・トムスン「海賊たちは黄金を目指す」・日誌から見る海賊たちのリアルな生活、航海、そして戦闘。(東京創元社)。

「海賊」と聞いて先ず思い浮かぶのはスティーヴンスン「宝島」あるいは「私掠船」やドレーク船長。若い人達だったら「カリブの海賊」だろう。最近「ウィリアム・アダムス」(今年６月ブログ)で、彼が準公認私掠船による南米・南端回りの航海で太平洋に出て日本に漂着した事実を知って大変驚いた。

しかしドレークやアダムスは16世紀末の話。それから約80年後の本書の海賊達は更にアウトロー化している。何故なら各国間の秩序が整ってきたからである。英国・スペインの拮抗を主軸に仏、蘭も絡んだ私掠船・海賊時代が少しづつ是正されて海賊は不法行為、はっきりと犯罪になった。

本書原題は「Born to Be Hanged」。それでもこのヤバい世界に身を投ずる者は後を絶たない。

本書の扉文(カッコ内は実態)では、一攫千金を夢見て(実際にはうまくいかない方が多い。金を得てもギャンブルと酒で一文無し)、血で血を洗う戦闘に明け暮れ(相手は組織だったスペイン軍。奇襲作戦しかない。でも情報が漏れて袋のネズミで犠牲者多発、得るところは何もなく敗退する)。一方、航海中は数ヵ月も身体を洗えず水と食料が徐々に減っていく恐怖と隣り合わせの生活を送る(これは真実。悲惨な航海である)。何故こんな割りの合わない人生を選ぶのか？読後も疑問のままである。

本書で語られるのは7人の乗組員・海賊(バッカニアと呼ぶ)の日記が基本資料となっている。

但し裁判にかけられた時を意識して必ずしも事実を忠実には書いていないようだ。1680年3月カリブ海大西洋岸・サン・プラス諸島から82年3月英国・ダートマスに帰還するまで2年間の物語である。

パナマで現地・反スペインの先住民クナ族長の孫娘がスペインに誘拐され、その奪還の機会に便乗して陸路太平洋側に渡る苦難の旅から始まる。目論みはスペインの手薄な街や砦の攻略・略奪である。しかし襲ってみると財宝はまとめてパナマ総督に送付された後で、孫娘も一人のスペイン兵と相思相愛の仲となっていた(この兵士は免責のため仲間に加わり通訳として重用される)。

そこからは奪った商船・トリニティ号で南米の太平洋側(コロンビア・ペルー・チリ)の海岸線を荒らし回ることになる。次第に情報が行き渡って、防備を固める街を襲っても奪取物は少ない。航海中の大きな商船を狙う方が効率はよいのだけれど、そうした船に出会う機会は少ない。当時の天測で計れるのは緯度だけ。経度計測器クロノメーターが登場するのは80年も後の事だから、自分達がどこにいるのか島や陸地が見えない限り正確には分からないのである。商船の噂や運まかせで獲物を探し回る。

沈没するかとの大暴風雨に見舞われたかと思うと一転の凪。風と潮次第の航海である。「板子一枚下は地獄」だが一枚上だって同じ。船中は寒暑甚だしく耐えられない臭気に満ちた狭い監獄並み。飢えと渇きと病気・怪我はしょっちゅう。アル中、壊血病、性病(治療は水銀を用いるので治っても水銀中毒になる)。戦闘・船中事故による手足切断には気付けブランデーだけ、船大工用のノコギリで切断する。失神中に手術は終わる。仲間のいさかいも多い。重要なことは全員投票で決めるといえば聞こえはよいが叛乱含みのこともある。例えばある船長はまだ掠奪実績があがっていないのに英国に戻ろうとする。彼だけは船内ギャンブルで大金を貯えたからである。早速全員投票で一船員に降格、新船長が選出された。ところがこの新船長、ある街の攻略戦で指揮官としての無能が露呈。すぐさま前船長が復帰することになった。漫画のような世界である。

船は海上にいるだけではない。陸地との縁を切ることはできない。海上戦(斬り込み隊による乗っ取り)のみならず上陸しての戦いも多い。アタカマ砂漠端の街では苦労してたどり着いても得ることなく撤退した。水と食料の補給に失敗すれば命取りになる。戦いに損傷した船体の修理や、船の速度支障となる船底の付着物除去(船を砂浜に引き揚げ斜めに傾けて貝などの付着物を削り取る)も必要。自分達だけで手に負えない場合に頼るのはスペイン人の修理業者。この辺は政経分離で業者側も心得ている。しかしいつか情報はスペイン側に届く。捕虜になった場合は情報を聞き出すための拷問にあう恐怖にも直面する。だから陸行での落伍者は射殺される決まりとなっている。但しその場面の記述はない。「建前」だけなのかも知れない。実際には絶望的な落伍者が何とか生き延びて合流する話の方が多い。

略奪価値は財宝だけではない。戦利品の中にあった南米の海岸線・湾岸の地図や詳細な出・入船の記録が海賊のみならずその後の英国海軍・商船にとってどれだけ役にたったか計り知れない。

犯罪者集団と決めつけられながらも国家に貢献していたのである。

ところで彼等は食いつめ者ばかりだったのだろうか？

実は7人の日記者のうち幾人かはまともな男であった。だいたい文字が書けない人間が多かった当時、日記を綴ることができるだけでも基礎教育を受けた人間である。後に乗組員ダンピアの日誌「最新世界周航記」、同じくジョン・コックス「バーソロミュー・シャープ船長の航海日誌と冒険」「アメリカのバッカニアの歴史」(シャープ船長とは前述の一度罷免された船長)が続々と刊行され人気を博した。いつの世も「冒険譚」は人々に大歓迎されるのである。「世界周航記」には南米の珍しい動植物の記録も多く、ダーウィンはビーグル号乗船の際にこの本を携えたという。

冒頭に書いた通り、読んでいて終始戸惑ったのはこうした人までが乗り込んで編成されたバッカニア達は、一体どういう動機で何故成果も覚束ないアウトロー航海に乗り出したのだろうか？

日記を基にしているとはいえ著者による推測やフィクション部分も大きいのだろうか？

戦闘にこんなに負けるのだから全滅しそうなのに死傷者数は案外に少ない。

きっと訳者も戸惑ったに違いない。その意味では妙に「解せない」感覚が残る本書であった。

但し抜群の「面白さ」を有している。「理詰め」でない本の魅力である。

さて、英国に戻って当然裁判にかけられるのだが「吊るされた者」は誰一人いない。全員無罪。ヒット本の著者まで現れた。はっきりとわかるのは英国側の「本音と建前」。相手のスペイン側も内々の折衝があった上での「見て見ぬ振り」が想像される。「狐と狸」の間柄だろう。

英国が利用したのはバッカニアがもたらした新大陸の新しく実際的な知識と情報。

南・中米に止まらず北米についてもそれが活用された。本書では「宇宙飛行士達が見てきたのと同様の世界」とある。行状は別としても実に貴重な無法者達であった。もしかしたらその後の時代、現在に至るまでこうした「役に立つ無法者」は存在しているのかも知れない。

最後に海賊の東西比較。東シナ海あるいは黄海等の内海での倭寇や中国海賊商人の活動を僕らは知っている。でも欧米人のような「大航海」でのそれは寡聞にして知らない。何か民族的なあるいは文化的な差異があるのだろうか？農耕と狩猟民族との長い歴史の結果とか……。

そんなことに初冬日和・ウツラウツラと思いを巡らしながら読みました。