本牧読書日記。森千香子「排除と抵抗の郊外」・フランス＜移民＞集住地域の形成と変容(東京大学出版会)。

立派な著作である。著者は72年生まれ、フランス社会科学高等研究員博士課程修了、同志社大教授。15年に書いた本書で渋沢クローデル賞、大佛次郎論壇賞を受賞している。

何が立派かというと先ず移民、特に北アフリカ・サブサハラ出身者が集住する劣化した社会住宅群、それらが集中するパリ郊外セーヌ・サン・ドニ県での綿密な調査、データとインタヴューで的確に問題点を描ききっていること。現地に全く無知な僕でも理解できる。

第二にはこちらの方がより重要だと思うが、世界中で知られているフランスの移民問題、即ちイスラムとの「文明の衝突」的ステレオタイプの見方(勿論それも大きな要素であるが)より視点を広げてマイノリティの差別排除、抵抗といった普遍的観点でとらえていることである。

p.277を要約してみる。「亀裂を生じさせている要因として、2つの「乖離」が浮かんだ。1つ目はフランスが国家として掲げる理想ー共和国の普遍的価値観ーと実態との間にある乖離であり、政府が「言っていること」と「行っていること」の、「平等の理想」と「差別の実態」との間にある乖離である。……1990年代以降、主に「都市政策」の名の下で実施されてきた政策は貧困の集中の解消を目的としたカラー・ブラインドな社会政策として行われたが、実際には外国人やエスニック・マイノリティの集住地区を対象としたカラー・コンシャスな性格をもっていた」更に「もう1つの「乖離」が存在する。それはエスニック・マイノリティの若者にとっての「理想」と「現実」との乖離である。彼等は一般に考えられている以上にフランス共和国の価値観ー平等・自由・連帯ーを内面化している」。

ここで著者が指摘するのはフランス人が持つダブル・スタンダード。「内なる自分達の世界での自由・平等」と、その文化で育った移民二世達が同様の「平等」を要求すれば、実質的にそこに横たわる貧困・集住・雇用・職種を始めとする多くの障害。それは無言の差別にまで到る暗雲の数々である。

著者の新鮮な第三の視点は「大都市の郊外」というエリアに着目した点である。

つまり「空間と結びついたマイノリティの差別と排除」であり「多様化するマイノリティ」あるいは「排除空間と国家の役割」。パリ近郊都市に特有な「赤い郊外(共産党市政)」更には「工業撤退」「失業増大」「再生事業」……幾つかの世界の大都市に共通する「郊外」の姿である。

それに至る過程として、19世紀・オスマンのパリ市街大改革からの都市計画の中で、当局の幾多の施策・工夫にも拘わらず不可避的に移民下層階級の社会住宅集住が形成されてきた姿が詳細に述べられている。これが本書の中核部分である。

移民二世以降の世代は一世とは大きく違っている。一世が、受ける差別に反感を覚えるものの貧困や母国の後進性の劣等感の中に身を縮めて生きてきたのに対して、幼時からフランスで教育され建前としても「共和国主義」に染まった二世以下の世代は、現実との矛盾に気付いて都市暴動・テロの実行者、扇動者として過激に走る。世界中にその姿が配信されている。最近の自動車放火の暴動ニュースは移民若者と警察官とのトラブルが原因であった。米国の黒人若者と警察官との関係と全く同じ構図である。かつてのイスラム・スカーフを巡る争いやイスラム風刺の新聞社襲撃の「文明の衝突」性格は皆無ではないが、世界共通型のトラブル・暴動がずっと多くなっている。時代が変わってきた。政策措置としてテロ行為擁護禁止法、非常事態宣言等が施行されたが、一方では移民反対・極右政党の活動が国民の支持を得ている。

僕はツアーでパリ滞在は3日間の貧弱な経験しかないが、その間だけでも地下鉄出札口で人を押し退けて割り込んだ大柄な民族衣裳マグレブ女性や、乗った車内にスリがいるとの理由で乗客全員を次駅のプラットホームに下車させた警官の強引な捜査活動に驚いた。

こんな「粗暴」が横行する、日本とは格段の尖鋭化が存在するのだろう。

著者は「郊外の比較社会学」も研究の視野にいれており、その中で「変容する日本の郊外」についての短い記述がある。p.280「日本の郊外は階級・エスニシティの両面で均等な空間として表象されてきた。郊外生活者が「日本人中産階級」であることを前提とした議論が中心であった。しかし90年の改正入管法施行以降、日本の郊外像を覆すような変化が生じてきた。特に増加の著しかった南米出身者が関東や東海地方の自動車産業、製造業、水産加工業、弁当工場などで就業するようになり、これらの工場の多くが都市中心部ではなく郊外に立地していたことである。そのため近隣の辺鄙な場所にある築年数の古い団地が敷金・礼金不要、家賃が安くしかも入居差別のない物件と、求める外国人住民との利害に一致した。1995年からの10年間で外国人登録者は1.5倍増。対して公営住宅での外国人入居者は5倍となっている」。

以前テレビで浜松郊外団地のブラジル出身二世若者グループのドキュメンタリー番組を見た。彼等は派手なタトゥーでラップ活動に生き甲斐を見つけている。彼等なりの「抵抗とアイデンティティー捜し」のように思えたが、僕がそこで感じた違和感は自分だって「ダブルスタンダード人間」であることを充分気付かせるものであった。まさしく「「差別はいけない」とみんないうけれど」(21年6月ブログ)である。

日本でもこうした地区からフランスと同様の景色がどんどんと拡大しているのである。

無縁と思っていた社会の断面。少子高齢化の進む日本。否応なく移民による多民族化が進行・拡大する。国内異民族といったら同じ肌色の朝鮮、中国人が殆どだった戦前から、戦後は南米や、ベトナム等東南アジア系、更には印度・パキスタン・ネパール系と多民族化が進んできた。逆にアジアに飛び出していく日本人も増える。その結果国内では現在のフランスに似た現象が生じる懸念がある。

何とか硬直化した民族関係を阻止したいものである。

ここからは「徒然雑記」に移ります。

近代日本への移民といえる中国人、朝鮮人の内、華僑色彩が強い中国人に比べて、属国化され創氏改名まで強制されて、移住先日本で少ない例外を除いては強い差別にさらされた朝鮮民族。

生き抜いていく上での民族・親族間の結束力は強かったし、同じ儒教文化圏で容貌差はなく、日本語が上達してくれば日常的には日本社会にとけ込んだようにも見えました。しかしどれほど同化していっても社会・経済的差異と有形・無形の被差別に泣いた人はいかに多かったか、日本での「排除と抵抗」の歴史といえましょう。しかしソウル・オリンピックあたりを契機に韓国経済が世界とアジア経済の中で重要な位置を占めてくると、関係は劇的に変化してきたように思います。特にドラマやK・POP、旅行や料理を通じて対韓意識が若い世代中心に大幅に変わってきました。「母国が富めば在外同胞は差別から解放される」のです。かつて戦後日本が技術・経済大国として評価された歴史と同じです。

今や幾つかの指標で日本は韓国に追いつかれ追い越されています。欧米人の目で見たら日韓の差異はどれ程なのでしょうか？我々から見たドイツとポーランドとの差より小さいかも知れません。日本国籍を選択した在日朝鮮人はいわばポーランド系フランス人と同じ位の存在なのでしようか？もっと同化しているかも知れません。それなのにヘイトスピーチの極端者は論外としても、一部の政治家の認識は一般市民と未だに乖離しているように思われます。先日の関東大震災・朝鮮人殺害犠牲者についての政府の正式見解、あるいは哀悼慰霊式についての小池都知事の態度と、何故この最も親しくあるべき民族に対する謝罪が率直になされないのでしょうか。民族に対する敬意が欠けた愚かな行為・発言としか思われません。こうした配慮の欠如が憂慮されるのです。多民族融和の「知恵」を育てることが我々の大きな課題だと思います。

本書の「あとがき」で次の謝辞に出会いました。

「なかでも宮島喬先生には大変お世話になった。宮島先生は日本でフランス移民研究を切り開いてくださり、私がこの研究をはじめたのも学部時代(著者は一橋大生)先生の著書を通じてフランスの移民に関心を持ったことがきっかけであった。その後修士課程にすすんでからも所属大学が違う(宮島氏はお茶の水大教授)にもかかわらず、要所要所で先生から貴重な助言・指導を受けた。本書でも企画の段階から指導いただき大変お世話になった。心より感謝を申し上げたい」。

宮島喬君は僕の横浜国大附属中の同級生です。トップ成績者のひとり。彼はデュルケム「自殺論」翻訳等で有名な社会学者。弟の洋君も僕の弟と同級生で2歳下。洋君は東大財政学教授(後に早大教授)。父親は横浜国大教授だったし優秀な兄弟です。僕は07年に喬君の「移民社会フランスの危機」(岩波書店)を読んだことがあるだけですが、こうして多くの後輩を育てて尊敬されていることを知ると嬉しき限りです。偶然に新しい情報に接する喜び。これも読書の余録でしょう。