本牧読書日記。斎藤淳子「シン・中国人」・激変する社会と悩める若者たち (ちくま新書)。

実に強烈な本だ。異世界のドキュメンタリーを読んだ思いがする。

この20年間の中国は全てが急速に変わってしまった。特に習近平体制になってからの政治・経済・軍事における中国のマクロな動きは毎日のニュースに出てこない日はない。日本にとって最大級の関心事である。一方ミクロな国民・市民の個々の実態はどうか？自分は本書でその一端を初めて知った。

かつて固定電話時代を飛び越えて一挙に「携帯・スマホ」となり、最近では現金払いから全てが「スマホ決済」となる。凄まじい「日常の変革」の嵐が至るところに吹き続けているのである。

例えば第9章「「美顔を整形で手に入れろ」・不安と競争圧力の下で」の若干を転記する。

P214「近年の中国でよく使われる言葉に、焦って思慮することを意味する「焦慮・ジャオリュ」がある。焦りを感じる領域はあらゆる方面に向かっているが、その一つに「容姿に対する焦り」が注目を浴びており「美貌焦慮」や「容貌焦慮」も登場している。……ここでも圧縮型の成長が見られた。美容整形市場はデータを取り始めた2012年以来、前年比20％以上の急成長を続け19年は3兆5380億円、別のデータでは15年に既に雇用者数2000万人になっている」。ちょっと信じられない数字だ。大学受験が終われば親に連れられた新入生が最初の夏休みを整形手術に殺到する。そしてソーシャルメディアが生んだ「憧れの顔」に統一された美人が続々と生まれていく。画一化された「美」がこの国の特色といえるだろう。

「美」が多様化している各先進国とはむしろ対極にあるといえる。

P221「こうして「顔値」(「顔面偏差値」)という造語の流行以降、美容に関するネット新語が次々と生まれた。「学力偏差値」を上げるのは小学生の頃からの熾烈で長い受験競争に勝利しなくてはならず大変だが、「顔値」ならお金を出して一回手術すれば手っ取り早く手に入れられるということだろう。……背景にあるのは強すぎる競争圧力だ。多くの中国の人は自分の道は自分で切り開いて成功させるという志を持っている。これは近年の中国の驚異的な発展を支えた活力でもある。自分自身の才能や努力による、という実力主義の哲学が根付いている。徹底的に実力を問うメンタリティーがある。人のせいにして「どうせ私なんて」とか「誰も私の気持ちを分かってくれない」などと嘆き調で甘えることなく、自分のことは自分の実力次第で自分の責任でやり抜くと覚悟を決めている。これは中国の人が持つ成熟し大人の態度で、私(著者)が最も尊敬する中国らしさでもある」。

しかし「美貌焦慮」は余りにも異常である。

中国の若者はどこまで続く「競争」に耐えられるのであろうか？

次の第10章は「画一化された競争人生にノーと言い始めた若者たち」である。

P231「90年代の北京の街中から上がっていた開発工事の埃と「明日はもっと良くなる」という高揚感は今日の北京にはもうない。国全体の経済は急速に成長したが直近の５、６年は文化や経済、社会の各局面でさまざまな引き締めが本格化した。2020年以降は世界的コロナ禍の影響も重なり、経済成長の鈍化は顕著だ。……GDP総量では米国に次いで2位の中国だが1人当たりでは日本の1/3、順位で63位だ。さらに経済格差が激しいことは周知の通りだ。14億人が一斉に頂点を目指す過酷な競争に「我こそは」と参戦するものの、トップに登れるのはほんの一握り。「現状に留まるためだけにも羽の動きを止められないハチドリ状態」と今の若者を形容する大学教授もいる。……住居を購入していない人は住居購入を、子供のいる人は今後の教育に胸を焦がしている。人々が雇用、住宅、教育など生活の全てにおいて「焦慮」し、若者の恋愛や結婚にも重い影を落としている。これは一般庶民だけではない。経済的、社会的に成功している人たちも将来に対するビジョンは明るくない。いつ国の強制施策など自分の頭上に落ちてくるか分からない。この国の将来を恐れ海外移住などの逃げ道確保に忙しい(Runを意味する隠語「潤(ルン)」)」。流行語「内巻(ネイチュエン)」は競争圧力下において前のめりに内側にぐるぐるに巻き込まれるように努力する行為を意味する。前向きの健全な努力というより、エンドレスで続く競争の中で周りに遅れをとって淘汰されたら大変だと焦りながらの日夜の努力だ。自分自身の進歩も仕事の意義も見出せずに虚無感や疲労感、時に絶望感を感じ、疲れながらも依然、努力し続けることを意味している。そして「内巻」の半年後に対句的存在として生まれた新語が「寝そべり族」。もう頑張らず過度な競争を避けて必要最低限の生活を楽に送ることを意味する」。

体制側からは「社会のクズ」視される「寝そべり族」が早くも現れる。中国の過去二十数年の変化は世界が未だに経験したことのない圧縮型の超高速発展の中で若者たちも超高速で大きく変化した「当然」の道筋だったのかも知れないのである。(「続」に続きます。)