本牧読書日記。「これからの天皇制」・令和からその先へ (春秋社)。

新聞広告を見て購入した本書は2020年の日蓮仏教・特別講座を基にした単行本であった。

講師は原武史、菅孝行、磯前順一、島薗進、大澤真幸、片山杜秀の6氏。僕が知らないのは菅(評論家)、磯前(国際日本文化研究センター教授)の両氏で、あとは著名人である。

ここでは原、片山両講師の講演を主に記してみる。

①原講師「「平成流」とは何だったのか」。

昭和天皇は戦前の20年間と戦後の40年間余とでは立場がガラッと変わったけれど、戦後も部分的には戦前を引きずっていた。例えば終戦後全国各地を訪れた際は皇后同行なしの単独の場合が多く、奉迎場で何万人も集まって万歳三唱のスタイルを継承していた。

一方平成天皇は皇太子時代から必ず美智子妃同行。被災地を訪れた時はヒザをついて相手と同等の視線で言葉を交わす。このスタイルに代表されるような国民と皇室との関係が定着した。さらには上皇制を復活させるという思いきった、しかも反対の本心を有する安倍政権でそれを実現させた。

天皇終身制は明治以降の制度である。僕はこれを初めてはっきりと知った。国民の多くが万世一系・不変と思い込んでる制度には明治政府の皇室典範から創られたものが予想以上に多いらしい。

さて、「令和流」はどうなるのだろうか？

原講師は、天皇夫妻の外交は世界の皇室のみならず政治家・外交官との交流に新しい色彩が加わるにしても、大きな変化はないだろうと予測している。国民との関係も同様だろう。

波瀾は「女性天皇」問題。現時点での予測はできないようだ。

原講師の話は現在の国民の大多数が考える「皇室観」を代弁しているように思える。

②片山講師「「象徴天皇」と「人間天皇」の矛盾」。

片山講師の話はもっと本質的なテーマである。p241から抜粋して転記してみよう。

「平成の天皇、昭和の皇太子は、戦争、平和、戦後民主主義、平和主義、憲法９条的価値観、戦争がない世界という敗戦の反省の問題を前面に立てていくことが最大の使命であったわけです。しかしこの先はどうなるか。国民も天皇も戦後生まれで世代が違うため、令和の「人間天皇のあり方」に戦争に関連して前に進もうとしても、平成天皇ほどの説得力を持つのは難しい。そもそも矛盾が多い人間天皇と象徴天皇を上手くかみ合わせられたのは、戦後の天皇が戦争の時代の天皇像をまさに人間的に反省し続けたからだと思うのです。それだからこそ人間天皇は象徴天皇として存在してよいのだと国民から承認され、象徴天皇として居続ける権利を更新してこれた。」「ところが平成末期に至ると、この歯車のかみ合う時間的限界が訪れる(平成天皇の高齢を指す)。……右派も左派も、第二次世界大戦を基準に考えるという思考方法が変わってきました。右翼・ナショナリズムも変質している。」として、「敗戦を起点として80年近くが経ってしまうとやはり「リアリティ」を失ってしまう、歴史の言葉に残っても生きた体験から痛切に感じる思想としての歴史というか、肉体化して語られる歴史より長くなってしまう。そこからはみ出してしまう。」と、「「象徴天皇」と「人間天皇」の蜜月の終わり」として片山講師は令和期をとらえている。

では今後はどうなるか？どうあるべきか？

同講師は「一つの可能性として象徴天皇を徹底させて人間天皇でなくなる、つまりいるだけになる。」と述べつつも、「しかしそこで国民の総意を保てるかというと、国民がそういう純粋な象徴天皇にいてほしいと願うエートスがないといけません。……「世代を超えた価値」としては依然国民に納得度を保っているのだから、そこに棹さし、さらに新たな「人間天皇」像を加味していけば、それなりに、人間天皇と象徴天皇をかみ合わせて回していく、昭和天皇、平成天皇がやったことを続けていくことも可能かもしれない」と、講師自身「結論」には迷っているようにみえる。

結局2つの講演の共通点は「これからの天皇制」と銘打ちながらそこにある曖昧さである。

それは当然の事だろう。あまり追究していけば、民主主義国家における天皇という「人間」が「象徴」として存在すること自体への矛盾に突き当たる。かつての「天皇制廃止」の声はゼロに近い今日でも、この「曖昧さ」が壊れないように、綻びないように運営していく以外に方法がないようだ。下手に原則論に手をつければ「寝た児を起こす」事になりかねない。何のメリットも得られない。

既に若い諸君の関心は天皇制の本質問題などからは乖離しているかにみえる。しかし鋭い若者はなぜ1000人以上の宮内庁役人や大仰な警備体制が必要なのか、疑問の眼を向けているだろう。

一方、眞子さんの結婚話題は芸能人のゴシップに近い。そうした眼でしか見られなくなってしまったのだ。天皇家の園遊会や被災地慰問で直接接する人々は大感激するだろうが、必ずしも全国的な大感激には結びつかない。これが現在の天皇制運営の難しいところだろう。

「国民の皇室離れ」は先日の英国戴冠式でも如実に感じた。前女王と現国王夫妻との個人的人気の差は大きいだろうがそれだけではないと思う。大部分の国民の気持ちは冷めているか、一瞬の興味はあっても急速に冷めていったようにみえる。それは日本の、そして世界のジャーナリズムでも同じである。

日本のTV「皇室ニュース」は軽井沢のテニスコートから始まって盛んであったが、次第に古いニュースの再編集ばかりとなり、飽きられているように思える。今年は令和天皇成婚30年との記事に僕は「ああそうか」と思うだけ。天皇誕生日は休日のいつだったか思い出せない。

愛子さんや佳子さんが一人歩んで来て記者団の問いかけに立ち止まり短く答える。独特の記者団の質問調、答える既成の回答、生き生きとしたインタビューとは程遠い。老練役人が仕立てた浮世離れの場面である。この場面に関心を持つ若い人はどの位いるのだろうか。自分達と同世代の一人と思う若者はいるのだろうか。現代の若者の共感を得ることこそ皇室が腐心すべき大きな課題だと思うが、「旧態依然」ではそれを実現できる可能性は薄い。あるいは「現状打破」を試みて逆効果となる懸念があるから、妙な野心は起こさない方が得策なのだろうか。こうした問題は誰にもわからない。

だから、ここでの講師達も曖昧な話にせざるを得ないのであろう。

天皇制は更に特殊な問題をはらむ。

宗教学・島薗進教授の「国家神道と神聖天皇崇敬」、そして社会学・大澤真幸教授の「天皇制から読み取る日本人の精神のかたち」の対象は、天皇制、国家神道、皇国史観、日本軍国主義、敗戦への道筋といった話である。ここで要約しなくても講演の内容は察して貰えるだろう。

懸念されるのは自民党(又は維新)の一部にある「日本会議」的色彩と天皇制との関連である。

「天皇を国家元首に」の憲法草案、「教育勅語のどこが悪いのか」とか「靖国神社参拝」に固執する議員達に共通する歴史観と天皇制観。彼等の殆ど全員が戦後新制小学校第一期生の僕より年下なのだから、どうしてそうした歴史観を醸成してきたのか理解に苦しむ。「いつまでも自虐史観はおかしい」位の認識なのだろうか。以前にブログに書いたことだが、そうした歴史観・天皇制観の影は元号が法制上は正号であることにも通底した問題のように思う。1979年成立の元号法が根拠なのか経緯はよく知らないが、いずれにしても常日頃グローバル時代とか情報社会とか口にする議員達が、西暦を正号に元号を副号に法制化しないのはどうした感覚なのだろうか？日本会議や安倍派に代表される議員の共通基盤としての「天皇制観」、島薗教授の造語を借りれば「神聖天皇崇敬」なのか。元号使用には「合理」のカケラすら感じられない。NHKでは統計グラフなど多くで元号を使う。預金通帳を見たり確定申告の度に元号表記にはあきれてしまう。

僕は小学校卒業の年、兄のオートバイの後部座席に乗って山手の丘の道を左手の海を見ながら走った。エリザベス女王戴冠式出席で初めての海外渡航、米大陸・大西洋を横断してロンドンに向かう若き日の平成天皇が乗船の「プレジデント・ウィルソン号」が横浜を出港していく姿を追っていたのである。それは昭和28年春のことであった。でも元号ではこれが丁度70年前だった事がにわかにはわからない。

ところで「神社本庁・神社庁」を行政組織と思い込んでる人は結構多いのではないだろうか。

実は単なる宗教法人なのである。こうした一般的認識にも天皇と結びつく「国家神道」の残影がちらついているように思えてならない(少々大袈裟な心配かもしれないが……)。

宗教と呼ぶより民族信教というべきか、素朴な意味の宗教習俗はどの民族も持っている。

日本の草の根的な神道ネットの総本元は伊勢神宮であり(精神的)宗主は天皇である。

この関係を断つことはできないし断つべきではないと思う。何故なら「日本文化」だから。

しかしそれが「思想」や「政治」に一歩踏み込んでくるような事態があれば、非常に誤った形で国家・国民の悲劇を生んだ歴史を持つだけに安易に看過すべきではない。

現在の神社勢力は保守主義の「票田」として機能しているように推察される。それはやむを得ないし阻止はできないだろう。しかし、勢力は必ず「強化・拡大」する。

そうした認識や警戒を特に若い諸君には知っておいて貰いたい。

磯前講師「出雲神話論」は、「陽」の天照大神に対する「陰」の大国主命・出雲の関係論。

菅講師「天皇制の「これから」」は総論的内容。一般人には「天皇個人の平和主義」に頼る向きがあるが、それは本筋ではなく頼りきれるものではないとの見識を述べている。

世代の交替と共にジワジワと変化していく「天皇・皇室」と国民の間の関係。恐らく曖昧性を維持して推移していくだろう。次の課題は「女王天皇」である。僕は世論の趨勢と同じく「賛成」である。何故ならそれが「自然」であるから。「天皇・皇室」はすべからく国民感情と「自然に」マッチしたものであってほしい。

それが崩れた時、「畏れ多くも」や「天皇に最敬礼」そこからも悲劇が始まる。