本牧読書日記。保阪正康「世代の昭和史」・「戦争要員世代」と「少国民世代」からの告発(毎日新聞出版)。

僕は1941年生まれ、敗戦時は4歳。おぼろ気ながら戦争を知る最後の世代である。

但し空襲に逃げまどった経験はないし、近親に戦争犠牲者はいない。

そして長じて共感を覚える評論家・ジャーナリストは、例えば39年生まれ2歳年上の本書著者・保阪正康であり、彼が尊敬と共感を有するその前の世代・半藤一利(30年生まれ)である。

この二人の終生テーマは「昭和史」。「戦争」がその主舞台である。

本書は先ず戦争の時代を動かした先行世代＝東条英機を軍事・政治の最終責任者として取り上げる。無論、東条一人で戦争を起こした訳ではない。しかし彼の性格・知識・歴史観・天皇観、そして軍事経験(一度も「戦闘」に直接携わったことがなかった)等が大きく影響していると著者はみている。

東条は明治17年(1884)の生まれである。同年生まれは山本五十六(海軍)・石橋湛山・三木武吉・石黒忠篤(農林官僚)と多士済々。この中で何故東条に代表される陸軍だけが突出したのか？

著者は「軍人は神(天皇)に仕える神兵、天皇に帰一する存在。軍事は国家の主体で他者が意見を挟むことは許されない。国益は戦争によって拡大され戦争によって守られる。妥協は敗北、敗北は国家衰退の源」が陸軍軍人精神だとして、東条以下の強権によって国内全体が引っ張られたのだとの見方をしている。

本書の主眼点は犠牲者達からの「告発」である。

先ず「戦争要員世代」。戦死者の87%は大正生まれ。特に大正11、12、13年(1922～24)生まれが一番多い。存命なら100歳を中心とする世代である。

学徒兵も多い。彼等の遺書が「きけわだつみのこえ」に収録されている。

ある京大生「お母さん、とうとう悲しい便りを出さねばならないときがきました。お母さん、やはり悲しいですね」の嘆きである。特攻隊員もいる。東大生は「勿論、我々は消耗品に過ぎない。波の如く寄せ来る敵の物質の前に単に防波堤の一塊の石となるのだ」。慶大生は「権力主義全体主義の国家は一時的には隆盛であろうとも、必ずや最後には敗れる事は明白な事実です。我々はその真理を今次世界大戦の枢軸国家において見る事が出来ると思います」。皆、驚くほど素直な「本音」である。真実を直視している。

それはそうだろう。生き残ったらきっと戦後日本の官僚・大企業幹部の中軸となった有為の青年達ばかりなのだから、はっきりと見極めている。

その上で自分たち世代の「運命」と思い定めているからこそ後世に感銘を残すのである。

それだけに生き残った同輩達の「告発」の言葉は厳しい。著者は長く市民講座で昭和史を担当するが、以前は前の席に座り話を聞き漏らすまいと熱心なのはいつも定年後の大正世代であったそうだ。

この世代の著名人は「戦艦大和ノ最後」の著者・吉田満(大正12年生まれ)、漫画家・水木しげる(大11)等。司馬遼太郎は大12。「国というものを博打場の賭けの対象にするひとびと」と告発する。

司馬は遂にノモンハン事件を書かなかったそうだ。何故か？著者は推察する。

p200「この戦闘から日本軍の腐敗、堕落、あるいは参謀本部の作戦参謀の無責任体質などが如実に浮かび上がってくるからだろう。無論そこを司馬は書こうとしたのだろうが、同時にそれはある意味で、司馬にとって自らの怒りを発露させることでもあったはずだ。そんなことを書き続けたら、司馬にとっては「俺に死ねということだ」」だったのだろうと……。

これら一枚岩のような「非戦」の決意は、その後の立場を越えた著名人に共通している。

読売の渡辺恒雄(改憲派・大12)、経済同友会幹事・品川正治(護憲派・大13)、政治家では野中広務(大14)、村山富市(大14)、後藤田正晴(少々年上で大3)、それぞれ政党や政策は異なる。一致するのは「非戦」の信条。あの田中角栄(大7)ですら「我々が生きている限り戦争は絶対にやらせない」と語っている。

皆「骨の髄まで」非戦論者であり「告発者」なのである。

経験から得た思想ほど強いものはない。

昭和ひと桁の後半位からは「軍国青少年・少国民世代」である。

著名人では小田実(昭7)、野坂昭如(昭5)、篠田正浩(昭6)、渡辺京ニ(昭5)等で、15歳前後で敗戦を迎えた世代と、その後に続く世代。これ等の世代に共通しているのは「国家の虚構」への告発。

中学生は授業より工場で汗まみれの労働の毎日、小学生は学童疎開でシラミと空腹に悩まされ親を慕う哀れな日々。告発の対象は「皇国教育」。特に直接接した教師達に向けられる。

昨日まで「天皇のために死ぬ」ことを教え、教育勅語などの暗唱がつたないと児童を激しく殴り続けた教師が、今日は一転「民主主義」を説く。本書の章のタイトルでいえば「裏切られた感受性豊かな世代」である。この世代のクラス会では時として絶対に招待されない引退教師がいるらしい。

少年達で中でも気の毒なのは「満蒙開拓青少年義勇軍」である。

P153「南日本新聞」からの引用。「ある村の小学校に満蒙開拓青少年義勇軍の募集に村役場の職員と17歳の少年兵が来て義勇軍に応じるよう児童たちを説得したそうだ。教師は「希望者はいないか」と呼びかける。児童たちは誰もうつむいて返事をしない。すると教師の顔色が変わり「この非国民たちが！俺はお前たちにそんな腰抜けの教育をしてきた覚えはない」と激昂したというのだ。希望しない理由を言え、と言っても、誰もが黙していた。そして三男坊で無口な生徒が一方的に指名された」「この小学校には2人の割り当てがあったのだ。教師は必死にそのノルマを果たすべく、児童を義勇軍に追い立てたのである。こういう仕組みはまだ13、14歳の子供たちになんと残酷なのだろうか」。そして後頁には、彼等が満州で中国人への暴行に加担させられたり自殺したこと、敗戦後は国から見はなさられ、仲間が飢えで死に、自分は食ベ物を求めて長春の街をさまよい回った末に幸運な者は身一つで帰国する、その上でジャーナリズムや世論の一部からは「満州侵略の手先」の目で見られた事が語られている。

この例は形こそ異なるが3200人が戦死した「海軍少年兵」等でも背景は全く同じである。

特攻隊員ばかりが犠牲者ではない。その年下の多くの少年達も非業の死を遂げている。

戦後78年、生存者の死と共にその具体的記憶はいよいよ薄れていく。

著者・保阪正康は多くの著作活動で多忙の身でありながら、精力的な調査で「昭和史」を追及するのみならず、個人誌を発行して戦禍の後を追い続けている。84歳にして正に超人的エネルギーと執念である。感服の極みである。そして彼の前には半藤の後ろ姿がある。このようなジャーナリストがいるからこそ、我々一般市民は「あの時代の狂気と真実」をいつまでも忘れる事はないのである。

前述の品川氏は復員の船中で新憲法を知り、隊長の命令で全員の前で涙ながらに読み上げたという。全員が泣いたそうだ。著者は書く。「私は改憲論者ではない。かといって未来永劫、護憲を貫くべきだとは思わない。今の憲法は非軍事憲法と考えている。非軍事憲法だからこそ平和憲法にするためには努力が必要だ。非軍事と平和の関係、軍事主導と昭和の戦争への検証と反省、さらには非軍事が世界趨勢になるための努力などが伴って、初めて平和憲法への道筋が確立するはずである。この努力を伴わないで平和憲法を主張する態度は、あの戦争の時代の検証さえおろそかにすることにつながるというべきである」。

僕なんか「今の憲法でどこが不都合なの？」とノンキに構えているが、日本を取り巻く情勢は徐々に変わってきているようだ。冷戦が終わって20年も経たない頃からまた愚かな歴史が繰り返される懸念がくすぶり出した。今や「新しい冷戦であり、新たな戦前」が始まりかねない。

だからこそ、理不尽に踏みにじられた世代の人々の声を決して忘れてはいけない。

今年は昭和が終わって35年である。明治が終わって35年後は1946年、敗戦の翌年である。両方の35年間の大きな違いは戦争の有無。「明治は遠くなりにけり」は当然としても「昭和は遠く、戦争の歴史も遠くなりにけり」には決してしてはならない。

もはや戦前・戦中に生まれた生存者は全人口の何%だろうか？自分はその末席世代の一人として「戦争を知らない世代」の諸君にも是非こうした本を読んで貰いたいと切望する。

本書では以前に読んだことのある「フーコン戦記」の古山高麗雄や、士官学校卒・連隊旗手のエリートであったが戦後東大に入り直して「天皇の戦争責任」を追及した村上兵衛などの著名人のみならず、名を知らない多くの人々の声が出てくる。しかし語らないまま他界した人はもっと多いだろう。

自分の身近の人間では、京都の三高在学中の学徒召集でシンガポールに派遣され無事帰国した叔父(父の末弟・大12)がいる。死去して今年は20年。叔父は騎馬兵で、馬が暴走して上官からひどく叱られた話しか僕に語る事はなかった。叔父には叔父の、誰にも語らない「昭和史」があったのだろう。

僕にさえ僕なりの「昭和史」があるのだから……。

本書は3年ぶりの図書館本です。返却期限が迫ってきたので「6月暦絵」は取り止めて本稿を掲載しました。次回は「これからの天皇制」の予定ですが、図書館から次の本がきたら変更するかも知れません。