本牧徒然雑記。「4月暦絵・我が家と小津映画・中学生時代の「自分史」」。

昨年12月最後のブログは「監督小津安二郎」で締めたところ多くの方が閲覧して下さった。

ある年代以上には身近に感じる作品の数々であり若い諸君にも関心を持たれるのだろう。

小津監督の作品の特色は、あるパターンのエピソードが繰り返されているところにある。

我々はどうしてそれらのエピソードと作品の余韻を忘れることが出来ないのだろうか？

エピソードそのままではなくても、それらが重なりあって醸成される「小津ワールド」が、自分達の家庭生活、市民生活、世相といったもののすぐ近くで、その時代の「中流家庭」の世界を心地よい描写で展開してくれているからではないだろうか。

「東京物語」を始めとして何とも忘れがたい哀愁も必ず漂っている。

しかし「漂っている」のであって「東京暮色」を除いて深刻な悲劇性は強くない。

娘の結婚や夫の転勤で新しい生活が始まる。「ホッとする」安心感と共に映画は終わる。

一人部屋にたたずむ笠智衆の姿が最後であってもその背中が語る言葉、すなわち人間が本来的に持つ孤独、人はひとりで生まれひとりで死んでいく、しかしそこには「希望」が常に暗示されている、そんな「人生観」を観客は世界中で共感するからこそ小津は「世界のオヅ」になっているのだろう。

今回はそうした「小津世界」が自分史の中でも色濃く存在したことを書いてみたい。

まず「地域性」。小津映画は圧倒的に鎌倉が舞台である。

僕の生家は横須賀線・保土ケ谷駅のすぐ近く。古い宿場町で文化的雰囲気は薄い。

しかし丘の上は日本鋼管社員や公務員・教員などの住宅地であり、麓の我が家の裏は「原節子」の生家で彼女が住んでいた家。戦前から続く落ち着いた生活空間があった。これは小学生時代の懐古ブログでもその一端を書いた。鎌倉から横須賀線を通じてもたらされる「小津」に代表される雰囲気の波及は、なんとなく我が家にもあったということである。

当時を語る一目瞭然の写真はないか。

自分のアルバムで捜したが学校写真や家族写真ばかりで「社交」の場面がない。偶々、兄との昔話メールの中で彼からの「懐かしの写真」があったので本稿の画像にしてみた。

画像は戦後10年ほど経った頃。恐らく1955年の正月～2月頃。僕は中3になる直前である。

前年54年は朝鮮戦争特需ブームが去り洞爺丸事故の年。翌56年は経済白書「もはや戦後ではない」と石原慎太郎「太陽族」の年。両年の狭間の転換年といってよいだろう。

写真は我が家の庭。前列右側は自分、次いで2歳下の弟、左端は母。後列には祖母、父、兄、姉がいる。その他は家族ぐるみ古い付き合いのお宅の娘さん達で、兄、姉の友人達である。

実は戦時中、父の北京単身赴任で家族は愛知県・豊川市に疎開した。そこで大変お世話になったのが父と同郷・大学同級生の豊橋市・中村医師。ところが医師は終戦直後チフスで急逝された。

写真は遺児であるお嬢さんが日本女子大だったかに入学・単身上京されたので、知り合いの女性に参加して貰っての激励・歓迎会、いわば女子会・ホームパーティーである。

この写真が今説明し難い我が家の「小津世界」を一目で表現してくれているように思う。

恐らく当時のことだから母の手作りのチラシ寿司やお茶・お菓子で、賑やかながら質素で穏やかな会話の集まりである。大学生の兄が持ち込んだ「ツー・テン・ジャック」やゲーム、クイズみたいなこともしたかも知れない。今の感覚で言ったら素朴なパーティーである。

忘れていた記憶がよみがえって「ああ！この写真」と無性に懐かしさがこみ上げた。

小学校から大学まで同じ学校で僕の後を追ってくれた信頼の弟は67歳で亡くなり、その他は年長者ばかりだから他界された方も多い。既に70年近い昔のことである。

こうした生活を維持できたについては我が家が重大な戦争被害に遭っていないことが大きい。近代大戦は総力戦とはいえ戦災の有無によって個々の家族や個人が蒙る「運命の差」は実に大きいのだ。

戦前と戦後、それは全くの断絶ではなく繋がっている部分が想像以上に多かった。

当ブログでも21年7月「長谷川町子」から幾つかはそんな観点から書いている。

小津映画でも作品によっては例えば最終作品「さんまの味」。集まった三人は旧制高校同級生である。恩師を招いたりお互いの子供の縁談話が話の筋になっている。

このような世界が小津作品のひとつの柱になっているように思われる。

こうした意味から、僕は三宅邦子という目立たない女優の役柄に注目したい。

彼女は父親家庭が多い小津作品の中で夫婦揃っての場合は必ず起用されていて、なんとなく落ち着いて安定した信頼感を漂わせている。僕がイメージする彼女は北鎌倉辺りの線路沿いの道を日傘をさし、手にはお中元の「カルピス」を持って歩む和服姿の三宅邦子である。お歳暮だったら「泉屋のクッキー」だろう。目立たない「アンカー」のイメージを演じている。そして「よき戦前」の雰囲気を漂わす。

僕は21年6月の「父の50回忌」で父親を偲んでいるが、ここで母親に触れておきたい。

父(養子)の8歳年下の母・久子は父親(祖父)の急逝のため、女学校卒業直後にかねて婚約中の父と結婚した。学歴・教養に特に恵まれていた訳ではないが、誰にも好かれる性格で、元々商業者が多い一族や広い交際から人の出入りの多い、イタリア大家族風の我が家でやはり「アンカー」であった。

三宅邦子より活発・多弁で少々違う。しかし充分「小津世界」の範囲内であると思う。

終戦時は29歳の主婦。やはり「戦前と戦後を結ぶ」我が家の要であった。

母は父の死後47年間を独居で過ごし19年に102歳で他界した。夫の死後も家風を維持する妻の立場は「家族の歴史」を継承する重要な役割を担っているのである。

写真から14年後の1969年、僕は見合い結婚した。

妻の実家は我が家よりもっと「小津ファミリー」の印象であった。男兄弟型の我が家と違って一男三女、三姉妹(妻は次女)は揃って音大出の明るさ・華やかさが大きな理由だろう。

但し、兄、妹の夫、市の要職退職後の父はいずれも大学教授。「学究型」家庭と言える。

夕食後父親は書斎に入るし、他家への夜の電話は失礼と控えるような習慣。時として10時、11時まで来客と談笑する我が家とは家風が違う。一般サラリーマンの僕はやや異質の存在とも言えた。しかし極めてあたたかく家族の一員として受け入れてくれて、僕はそんなことを意識することは全くなかった。その背景には同じ都市の中流・堅実・穏健な家庭同士の共通の価値観と安心感があったからだと思う。

こうした家庭は日本中の至るところで見られるし、それが日本社会の強い基盤となって安定と繁栄をもたらしていることには論をまたない。

都内には横浜とは比較にならない規模で存在する。転勤先の札幌でも、2年間住んだ豊中近辺でも(例えば阪急沿線には連続して)そうした市民階層を伺えることができた。広島でも仙台でもあらゆる地方で同じである。本牧もそうした地区で、三溪園の本牧三之谷などはその典型地区である。

ところで、こうした「小津世界」の本質は何だろうか？

僕が思うに「自律的で柔らかな個人主義」そして「健全な市民エートス」だと思う。

それらは近代市民が育んだ精神世界の典型的な家族形態と生活文化である。

多くの平和で健全な国民国家の基盤は、まさにそうした家庭を細胞として形成されている。

中間階層が成す強固さの上に成り立っている。

次第に「自分史」からはずれてきたので一旦終わって「五月暦絵」に引き続きブログしたいと思います。次回は読書日記「文化がヒトを進化させた」の予定です。

「4月暦絵」