本牧読書日記。国立国語研究所編「日本語の大疑問」・眠れなくなるほど面白いことばの世界(幻冬舎新書)。本書は国立国語研究所(国語研)に寄せられた市民からの質問に答えた応答集である。

少々の[感想]をまじえて幾つかを列記してみよう。

第1章どうも気になる最近の日本語。

(問)若者ことばの「やばみ」「うれしみ」の「み」はどこから来ているものですか？

(答)本来は「さ」がつくべき形容詞の名詞化。

「やばさ」「うれしさ」を、新鮮味をねらった「逸脱的用法」で「み」をつけた例である。

(問)「ちびまる子ちゃん」のおじいちゃんのような話し方をする人は本当にいたのですか？

(答)江戸時代の「おじいちゃんらしい話し方」は関西弁であった。

「そういうタイプの人」のイメージを呼び起こす「役割語」である。「よくってよ」は江戸時代の遊女の言葉・役割語であった。「お嬢様」の役割語に変化したのは明治期から。

[漱石はお嬢様言葉を嫌ったという。何故だか不思議であったが根拠がやっとわかった。今でもお嬢様風の若い女性がわざと「ヤバイ言葉」を使うのに似ている。]

第2章敬語と接客ことばの謎。

(問)店員さんから「確認させていただいてもよろしいですか？」なんて言われると、目が点になります。日本語の乱れでしょうか？

(答)日本人は面倒臭い言葉が好き。……「させていただいてもよろしいですか？」という形は面妖ですが「よろしいですか？」という許可求めを加えることで、相手とのつながりを表している形であることがよくわかります。(ちょっと意味がとりにくいが本書の記述そのまま)。

[僕はこうした表現を「マニュアル言葉」と名付けている。基本はクレーマー対策だと思うが「マニュアル指示」に従う担当者の言葉や態度に不自然に思うことが多い。「お客様は神様です」の方針が店頭の担当者のことばに反映されているのだろう。「おもてなし精神」の負の側面のように思う。]

(問)南米から来た人を「地球の裏側からのお客様です」と紹介したら配慮を欠いた表現だと指摘されましたが、なぜでしょうか？

(答)「地球の裏側」と「月の裏側」は違う。「裏」にはマイナスのイメージがある事に注意。

[一昔前にはアナウンサーでも常套的にこの表現を使う人がいた。現在ではこんな質問をすること自体が信じられない。]

第3章世界のことばと日本のことば。

(問)日本語は難しい言語ですか？

(答)「音声」「文法」は簡単。「語彙」「表現」は複雑で難しい。個人的意見だがドイツ語を母語としている筆者(回答者はドイツ人)は、何故ドイツ語には性や格、動詞の人称などが必要なのかと、日本語を学んで初めて疑問に思うようになりました。日本語は「象は鼻が長い」のようにシンプル、エレガント、無理のないパターンで文を作るからこそ「頭の良い」言語と言えるのではないでしょうか。

[この回答には驚いた。「日本語は難しい」は、日本語が敬語や相手に与える印象を重視する用法ばかりだし、漢字の障壁もあるし、との思い込みだったのだろうか？最近では日本語をマスターしている外国人が実に多く「尊敬」してしまう。長年接してきたのに実に貧弱な英語力の自分としては。]

第4章どちらを選ぶ？迷う日本語。

(問)「思う」と「考える」の意味はどういうふうに違うのですか？

(答)「思う」= 情緒的・感情的・一時的・自分の意志でコントロールしにくい。

「考える」= 論理的・理性的・継続的・自分の意志でコントロールできる。

[「「思う」のはやめられないが「考える」のはやめられる」との指摘が面白かった。]

第5章便利で奇妙な外来語。

(問)外来語をカタカナで書くのはいつから、どのように始まったのですか？

(答)江戸時代、外来語の少ない時期には「煙草(タバコ)」「襦袢(じゅばん)」のように漢字表記であった。また人名・地名については中国の音訳表記(中国での漢字音を外来語の発音にあてた書き方)として漢文から日本語の中に入ってきた。完全にカタカナ表記になったのは大正期になってからである。

[中国・朝鮮の人名・地名については殆どが漢字の日本語読み。これは特殊な例なのだろうか？「孔子」の英語での表記を僕はいまだに覚えられない。外来語についてはその略し方、例えば何故「シミュレーション」が「シュミレーション」になりがちなのか、「エンターテイメント」が何故文字を飛ばしながら「エンタメ」になるのか？等の面白い話があるが書ききれないので省略します。]

第6章歴史で読み解く日本語のフシギ。

(問)むかしの落書きにはどんなことが書かれているのですか？

(答)例えば奈良時代初期再建の法隆寺・五重塔の落書き「難波津に咲くやこの花冬ごもりいまは春ベと咲くやこの花」は法隆寺だけでなく、徳島市の発掘木簡にみられるなど各地に相当に広まって存在しており、手習いの歌としてよく知られていたことがわかる。

更に戦国時代には生きた証しとして落書きを書いた。各地の観音堂にある「書きおくもかたみとなれや筆のあと我はいづくの土となるらん」がその例である。この歌は歌集にあるような有名なものではなく、何故か観音堂の落書きにのみ見られる。江戸時代初期の狂歌「観音の堂にうちふだ楽書を形見に残す諸国巡礼」は「生きた証し」に巡礼者があちこちに楽書きしたことを活写している。なおここでは「楽書」であり、中世の風刺・批判の「落書(らくしょ)」→「落書き」とは意味合いが違う。

[大阪・此花区の「この花」が手習いでよく知られていた歌だったとは知らなかった。想像以上に「手習い」が民間にも行き渡っていたのだろう。なお、万葉仮名で「さくやこのはな」は「佐久夜己乃波奈」と書く。僕には「当て字」としか認識できないが一字一字の由来がきっとあるのだろう。

「余能奈可波牟奈之伎母乃等志流等伎子伊与余麻須万須加奈之可利家理]は「よのなかはむなしきものとしるときしいよよますますかなしかりけり」である。実に面白い]。

(問)明治時代、犬を「カメ」と呼ぶことがあったというのは本当ですか？

(答)本当です。西洋人が犬を呼ぶ時の「Come Come」を「犬」のことだと思い、西洋犬を「カメ」とした。これが「ジョン」等の西洋風犬の名前付けにつながった。

[オーストラリアに上陸した欧州人が初めてカンガルーを見て現地人に尋ねたところ「カンガルー」と答えた。しかし現地語でカンガルーは「知らない」の意味だったと聞く。]

誰でも「自分達のことば」に対して持つ興味は尽きない。

ところで、国語研は「正しい日本語」を維持するのが目的の機関だと思っていたが、設立目的はあくまで「科学的な基礎研究」であると「あとがき」にあった。

考えてみると、いくら規制(正)しようたって「ことばの時代変化」は阻止できない。

現に昔の言葉が適当に乱れてきた結果が現在の日本語なのであって我々は平気で使っている。

今どき明治語調で大学講義がなされたら学生は意味がわからず途中で教室を抜け出すだろう。

僕も若い男が「おうち」「おにく」「おしごと」と連発するとムシズがはしる方である。

でもそれ程心配する必要はないのかも知れない。

ことばはちゃんと自然淘汰されていくだろうし、タレントだって年齢が高まるにつれて「大人の雰囲気」を身につけていくことだろう。僕は昔は顔を見るのも嫌だった鶴瓶やタモリも所ジョ―ジも今はNHKの画面で楽しんで見ている。

我々が生きた時代を振り返ってみても、かつての学生運動言葉「我々は～」の亜流みたいな語尾を引っ張る口調や、「～？」と単語のいちいちに疑問符つきで話す言葉使いもすっかり影をひそめた。今どきそんな話し方をしたら時代遅れ人間と「お里が知れる」のである。現在の「じゃないですか」調はどうなっていくのだろうか？大分少なくなっているような感じがするから同じ運命を辿るのかも知れない。今だって大学教員で「じゃないですか」で話したら、これも「お里が知れる」だろう。

やはりこれからの世代の諸君の自然の「自覚」に任せていこう。

次回は「2月暦絵」。雑記「僕と五反田」とします。