「シルバーバーチの霊訓」の再読は少しづつだが進んでいる。
昔読んだときには全く気にならなかったことが気になってきた。
じっくり読んでいることも加えて、
そういうわけだから、なかなか読み進まない。
今日の気づき。
歴史の認識について。
どんな古文書でも、どのような聖典と言われるものでも、
よほど注意して引き継いでいたとしても、
人間による何等かのご都合が付け加えられのは世の常だとは理解している。
もちろん、そこに人間の勝手な解釈が加わっていることも。
私は疑い深いタチで、何事も妄信しないようにしているが
今日は、気づいたことを記録しておきたい。
たとえばキリストについて。
処刑後の復活は、霊体が物質化のギリギリのところで見えたものとする説。
処刑されたのは双子で瓜二つのイスキリで、知らせを聞いたキリストが日本から戻ってきたという説。
キリストは晩年は日本にいたという説。等々...
何等かの証拠物?が残っているとはいっても、それが真実かどうかは、
はっきり言って現在、確かめることはできない。
どれが真実か...と悩むところだが、(実際、1分ぐらい悩んだが)
こういう時は冷静に正直ベースでいくことにしている
今現在、歴史の真実を確認する方法はない
→認識できるのは私の目の前の物事と、今までの個人的な体験だけ。
という結論に落ち着いた。
なので、
追えない歴史を追わない。
目の前にある自分でできることを精一杯やること、今はそれで良しとする。
・霊性の向上に努める
(シルバーバーチ他、今までの学びの中で確信したことを日常で実践する)
・見える世界、見えない世界のバランスを取る(調和を目指す)
シンプルだけど、これでいいのだ。(今のところ)
いつも何かの安心感に包まれていることに感謝
