私は、近年トランスジェンダー優遇のために女性の権利が脅かされていると感じて、反LGBT、特に反トランスの活動をしていました。女性スペースに男が入ってくるなんて女性の生存権を脅かすことで言語道断です。心なんてわからないのだから、外見や体が男なら男の方に入るべきです。

仕事と活動を行う忙しい日々の中で、喉の調子が悪く声が出しにくかったり生理不順になったりすることがありましたが、大したことではないと思って放置していました。テレアポの仕事をしていて、度々電話の相手に男性と思われていることがありましたが、喉の調子が悪いせいだと思ってそれほど気にしていませんでした。ところが、この頃どうも男性と思われることが多すぎる気がしました。直接相手と会うわけではないのでどう思われても構いませんが、調子の悪さが全然改善してこないので、耳鼻科で診てもらうことにしました。すると、ポリープや結節もなく機能にも問題はなし。ちょっと声帯が腫れて浮腫んでいるとのことで、薬を処方されて様子を見ることになりましたが、一向に良くなりません。

そんなある日、顎にちらちらと髭が生えているのを見つけました。
「えっ、もしかして男性化している!?」
確かに最近は生理もまともに来ていないし、ホルモン異常かもしれないと疑って婦人科へ行くことにしました。血液検査の結果、普通の女性より女性ホルモンが少なく、男性ホルモンがかなり多いことが判明しました。声が低くなってきたり生理が止まったのは男性ホルモンの影響だったようです。男性ホルモン産生腫瘍の可能性があるので精密検査をしましたが、腫瘍は見つかりませんでした。結局男性ホルモンが多い原因はわからず、体質としか言えないらしく、治療法はないそうです。妊娠は難しいが普段生活する上で健康には影響がない、とのことですが、男性化していくことは避けられないそうです。
「腫瘍じゃなくてよかったけど、男性化していくのは嫌だなぁ…。」

次第に声の出しにくさはなくなってきたのですが、男性のような低い声で安定しました。声変わりが完了してしまったようです。テレアポでは男性と思われることで以前より「上司に変われ」などと文句を言われることが減りましたが、日常生活ではできる限り高くか細く声を出すようにして誤魔化していました。大きな声を出すとはっきりと男性の声になってしまうので。それから私は人前で喋ることを避けるようになりました。

また、髭は見つけたら抜いていましたが、結構手間や時間がかかる作業ですし、埋没毛や色素沈着などを起こすので良くないと聞いて剃ることにしました。しかし、抜いていた分が生え揃ってくると驚きました…知らない間に広い範囲に太くてしっかりした髭が生えるようになっていたのです。こうなると、一気に女性らしさがなくなり、女装した男性のように見えます。脱毛をするしかないか…しばらくはマスクが手放せなさそうです。しかも、手足のムダ毛もだんだんと濃くなってきていました。「これは全身脱毛しなきゃいけないなぁ。でも一体どれくらいの期間とお金がかかるんだろう…。」気が遠くなりました。


悩みはそれだけではありませんでした。元々ややオイリー肌だったのが超オイリー肌になりました。すぐテカテカになるしメイクもドロドロになってしまう。何より毛穴が大きく目立つようになったり頻繁にニキビが出来てニキビ跡が増えていく…いつの間にか、所謂「汚肌」になっていました。これでは髭脱毛をしたとしても、マスクを外して生活することに抵抗があります。せっかく新型コロナも落ち着いてきたのにマスクを外せないなんて…。

ある時、反トランスデモ活動を見かけたので参加しようと声をかけに行ったのですが、デモ活動を妨害しに来た人だと思われて排除されてしまいました。声が男性だったため、文句を言いに来たトランス女性だと思われてしまったのです。声だけで男性と思われて話も聞いてもらえなかったことにショックを受けました。またある時は女子トイレで他の人とぶつかって反射的に低い地声で謝ってしまい、男性と思われて通報されそうになってしまいました。また別の時にはニキビができたのが気になって女子トイレで誰もいない時にマスクを外して薬を塗っていると、後ろから入ってきた人に髭剃り跡がある顔を見られてしまったうえに驚いて低い地声を出してしまい、やはり男性と思われて通報されそうになってしまいました。まさか、私が一番嫌っていた「女性スペースに入り込む男」だと私が思われるなんて…。

声や見た目で男と思われないようにしたいし、しないと女性として普通に暮らせない。何か良い方法はないの?…必死に情報を集め始めました。調べているうちに、私が男性化して感じていることや悩んでいることは、体は男性だけど心は女性のトランス女性とほとんど変わらないことに気付きました。また、心が男性のトランスジェンダーだと思って男性ホルモン治療を受け男性化した女性が、実は勘違いや誤診だった、ということもあるそうで、男性化した声が戻らず同じ悩みを抱えていることを知りました。他にも、病気や薬物などで女性が男性化してしまうことはそれなりにあることのようです。

私は戸籍も体も女だけど、男性的特徴が発現している以上、他の女性から見ればトランス女性と変わらない存在と言えます。トランス女性を排除する社会は、私のような女性らしさを失った女性も本当に女性の心を持つ無害なトランス女性もまとめて犯罪者扱いして排除することになるのだと気付きました。多様性を認めないと、私自身の居場所がなくなるのです。

それからは反トランス活動への参加をやめ、トランスジェンダーの団体と交流するようになりました。同じ悩みを持つ者として、女性でありながらトランス女性の気持ちも理解できるようになった私は、現在、当事者から悩み相談を受けるカウンセラーとして活動しています。


※この物語はフィクションです。
※男性ホルモンの効果や作用については実話に基づいたものですが、個人差があります。