大学2年の夏休みも終盤に差し掛かった、ある日のことだった。

朝目覚めると、何か異変を感じた。何故か俺の体には胸があり、モノがなくなっていたのだ。

「ウソだろ!?」

だがその声は女性のものだった。慌てて鏡を確認する。どうやら俺は女になってしまったらしい。もしも朝起きて女になってたら…なんて妄想はよくするが、本当にそんなことが起こるとは。いや、これは夢に違いない。折角だし、妄想していたことをやって楽しむぞ!

 

俺は外出するため着替えることにした。服を脱ぐと、女性の体が露わになった。す、すごい…本物だ。これはブラジャーをつけないといけないな。タンスを開けると中は全て女性物になっていた。初めてのブラジャー、初めてのスカート…なんか違和感があるけどまあいい。化粧台には色々な化粧品やメイク道具があったが、どう使っていいかわからなかった。俺は適当にファンデーションと口紅だけ塗ってみた。

 

出かける前にトイレへ…って、あぁ、座ってしかできないんだった。しかもこれトイレットペーパーで拭かないといけないんだな。結構使うんだなぁ…などと考えつつトイレを済ませた。

「あら、ユウコ、出掛けるの?」

母が俺に話しかけてきた。どうやら俺は最初から女性という設定らしい。

「うん、行ってきます」

 

やっぱ女しか入れないところに行きたいよなぁ。まずは駅の女子トイレに入ってみた。しかし、入っても通報されないというだけでそんなに面白くはない。やっぱりお風呂だな!

 

俺はスーパー銭湯へ向かった。当然、入るのは女風呂だ。憧れのシチュエーションが実現する…!俺は浴槽に浸かり、周りの女性達を眺めていた…いいねぇ…いいんだけど、何故かあまり性的に興奮してこない。不思議に思って考えていたが、ようやく気付いた。女性の体では男性ホルモンが少なく、男性的な性衝動は起こらないのだ。なんだか拍子抜けしてしまった俺はそのまま自宅に帰った。

 

翌日、なんだか下腹部に軽い痛みを感じてトイレへ行ったが、お腹を下したわけではないようだ。不思議に思いながらベッドでゴロゴロしていたが、次にトイレに行った時に異変に気がついた。下着に血が付いている。もしかしてこれは…生理!?タンスの中から生理用ショーツを探し出し、トイレの棚にあった生理用品を付けてみた。

「女ってめんどくさいな…」

 

しばらくするとお腹の痛みが強くなった。まるでずっと下痢を我慢してるかのような波が襲ってくる。正直、辛い。俺は常備薬の中から痛み止めを探し出し、服用した。

「これが毎月とか、大変すぎだろ…」

しかも、朝起きると、後ろ漏れしてパジャマや布団を汚してしまった。恥ずかしいやら情けないやらでいたたまれない気分になった…。

 

夏休みは終わり、新学期というのに、俺はまだ女のままだった。

「いつ元に戻るのだろう」

 

ある日、ゼミで仲良くなった明日香と二人で歩いていた。そうだ、前から明日香に告白したいと思っていたんだ。俺は思い切って胸の内を伝えた。

「ありがとう。気持ちは嬉しいけど、私、男性が好きなんだ。ごめんね。」

俺は女になっていたことを忘れていた。つまり俺は同性愛の告白をしてしまったのか…。そんなことより、女性は同性なので結婚できないという事実を突きつけられたことの方がショックだった。

 

女性として就活し、就職が内定しても、俺はまだ女のままだった。

大学を卒業後、地元の中小企業へ就職した俺は、同期の男性に比べて昇給が遅いことに気付いた。どうやら俺には責任のある仕事が回ってきていないようだ。仕事の能力には自信があるんだがなぁ。女性は妊娠出産で戦力外になるし仕方ないだろう…と思っていた俺だったが、いざ自分がそのように扱われると屈辱的な思いだった。

 

当然、同僚の女性たちは同性として接してくる。旅行の話、メイクの話、恋の話…正直、全く興味が持てなかった俺はほとんど会話に参加しなかった。同僚の女性たちも、俺とは次第に距離を置くようになった。

ある時、俺は同僚の男性に告白された。女性として生きなければならないなら経験しとくのも悪くないか、と思い、付き合ってみることにした。だが、男と手を繋いだりキスをしたりスキンシップをするのは、どうしても気持ち悪い。性行為など以ての外。体の関係になる前に別れてしまった。

 

そろそろ30歳を迎える頃、俺はまだ女のままだった。

ここ数年、親から結婚について聞かれることが多くなった。

「そろそろ結婚しないと。付き合ってる男性はいないの?」

俺は女性が好きだし、男性と結婚するなどありえない。もううんざりだった。

 

この頃俺は、肉体的に女性であること、女性として扱われること、女性として振る舞わねばならないこと…女性として生きること自体が苦痛になっていた。鬱や不眠を患い、会社も退職することになった。

「もう元に戻れないのだろうか」

 

そんな時、ある番組でトランスジェンダーのことを知った。性自認と体の性が異なる…今の俺じゃん!俺は早速ジェンダークリニックに予約を入れた。ジェンダークリニックでは問診や聞き取り調査等を行い、時間をかけて正式に性別違和と診断された。そして体を元に戻すための治療が始まった。

 

男性ホルモンの効果は凄い。投与1~2回目で生理が止まり、1~2年のうちに声変わりや体毛の増加などで一気に男性化していった。これだけでも男性として生きていけそうだ。こんなにあっさり解決できるとは。乳房切除や性別適合手術も行い、俺は元の男性の姿を取り戻した。子供が作れないことだけは残念だけど…。

 

 

翌朝目覚めると、何かがおかしいことに気付いた。スマホで日付を確認すると、あの夏休みの朝に戻っていた。体を確認すると、馴染みのある俺の体…今までの出来事は全て夢だったのだ。

深く安堵すると共に、この体験を通して初めて女性やトランスジェンダーについて深く理解することができたのだった。

 

 

※この作品では、最も多数派であるステレオタイプの人物像を主人公にしています。また、性別に関する従来の固定観念を敢えて盛り込んでいます。