
悪日の宵闇、天を駆け昇る雲と大地へ還りゆく蜩。
林檎の蕩けた永い盆の祭り。
私は時折はっとして追憶に耽る。
人に聞かせまいと囁く梟の声に耳を傾けながら、妻と私は帰路を辿っていた。
緩やかな沈黙に落ちていた。
ゆると結んだ手の平から伝わるしっとりとした熱、此処に象をなし確かに在る幸福。
隠れん坊に興じる撫子を愛おしそうに見つめる貴方に心を燃やした。
「あら、蛍が。」ふと足を止めた彼女は暗がりの先を指すと輝くように微笑んだ。
一寸先は闇。
ゆらりと儚い玉は、一つ又二つと魂が天へと還るようであった。
嗚呼、成る程。此れ程までに心の臓が高なる佳景。
ぽつりと浮かぶ青い明滅、私は天にも昇る心地だった。
貴方の方が綺麗ですよ、そんな陳腐な戯言を言おうか言わまいか。
一世一代の稚拙な考えに揺らいでいた。
林檎飴は蕩けて、梟は山奥へと沈み、蛍は空に消える。
そして私は彼女の着物の中で風も無いのに揺れた撫子をみたのだ。
青い芳香が鼻を掠め私は目を覚ました。
するりと風が吹く夜道、金魚の跳ねる浴衣にカラカラと不格好な下駄の幼子。
泣き顔、親は無表情。
私は蛾のように颯爽と灯りの方へ向う。
トントンと踊る婦人達の輪へあらどうもと混ざるのは気恥ずかい。
しかし私の足取りは祭り場へと惹きつけられるのだ。
同じく盆の熱気に魅せられ飛び込んだ夏の虫達は石畳に潰れる。
蛾は金粉、黄金虫は宝石だと誰かがそういっていた。
この宝石を憐れだと拾う人は居ない。
人々は小さな彼らに目をくれる暇もない。
冷たい、しかし、さほど意味の無い事は好む。
キンとした笛の音が鼓膜を破り太鼓の音が直に巡る。
そこの方お一つどうですか、熱い声が飛び交う中を私は軽くお辞儀し通り過ぎる。
撫子は何処に在るか、侘しく咲いてはいないだろうか。
宵闇に溶け込むように、苔生した段の端に咲くそれは愛でられていた。
屈み込み、愛おしそうに一輪の撫子に話しかける老婆。
「綺麗ね」
「私はね、誰に会いたいのか、貴方は知ってますか」
その花は問いかけに頷き瑞々しく震えていたが、彼女の着物に咲く撫子は最早枯れ色であった。
私がお辞儀をすると彼女は微笑み、くしゃとしたあどけない表情を浮かべた。
彼女が美しいという事実は移ろいゆく世の中とは違う。
もう恐らくあの夜も何も覚えてはいないのだろう。
それでいいのです。
抱きしめたくとも抱きしめられず謝りたくとも謝れず。
はて、死んでからどれぐらいか。
2010 8月10日
解説
お盆には魂が帰ってくるという。文の冒頭はある男の追憶から。最愛の妻と行った盆祭りの帰りに起きた悲劇。彼が病に倒れるまでそれを仄めかす文をいれた。「~心臓の高鳴り」は二重の意味がある。「青い明滅」は蛍の事だがフラッシュバックのように表現したかったので青い灯火はやめた。「天にも昇る心地」これはそのままの意味になってしまう。一寸先の闇とは何が起こるか分からない事を意味する。「一世一代の…揺らぐ」は気持ちと目眩、二重の意味。「林檎飴…闇に消えていた」は倒れる寸前で既に意識が消えかけているためそう感じている。実際は梟は啼いてるし蛍もいる。妻は撫子が好きで男に着物に縫ってもらった。倒れた男に驚き混乱する妻の着物に映る撫子が最期にみたものだった。次は男の追憶から現在になる。彼は再びお盆に訪れるが妻はもう痴呆で彼の顔を覚えていなかった。しかし「~撫子は最早枯れていた」とあるように彼女は毎年彼に縫ってもらった着物を着て盆踊りに来ていた。そして自分は誰に会いたいのか思い出したがっている。しかし彼はもう辛い思いをして欲しくないからと自分の事は思い出さないで欲しいと感じている。
…らしいです。
コレを中学の時に鬼担任へ国語の宿題としてだしました。
死にました。顔からマグマでそう。
でも中2病は発症しとかないとちゃんと大人になれないっていうし!!
あの頃の自分を褒めてやりたい!w