
天才科学者とか言われる人は一定期間毎に生まれてくるものなのだろう…と思いますし、第二次大戦のこの時期に彼がいたことで、様々な物事が加速または衰退したことは事実でしょう。
トルーマンに会った時に良心の呵責を吐露し、怒りを買うシーンは…権利者の本音が見えました。
科学者は机上の計算に基づいて考え、証明することに興味があるわけで、それがどのように使われるのかはどうでもいいのでしょう。
広島・長崎に投下後、群衆にスピーチする彼は炸裂する原爆の幻影に苛まれます。他人に対して行使したことは、いずれ自らも被る可能性があることを理解しているようですね。
あれから約80年、今のところ長崎が最後になっていますがね…
晩年は色々苦労したようですが、量子力学を兵器に活用した「功績」は疑いようは無く、人類はあれから更に人を殺す武器を開発しています。
この人がやらなくても誰かがやっていたであろうし、人類の「業」は自らを滅ぼすまで続きますね…
3時間という上映時間、途中少し眠くなりましたが…興味深く観れました。日本人として無視できない名前のタイトルでしたから、見届けたかった。
色々想像してしまうような場面も多かったけれど、これだけは言えます。科学者が意図していなかったとしても、核兵器を人間に対して使用した所業は決して忘れられることはありません。
「原子爆弾を使ったことで日本が降伏した」「双方の死者数を減らすことができた」と自己満足に浸っても、大量破壊兵器を使用したことに正義などありません。
戦後80年近くなりこの映画が公開されたことは、アメリカが過去のことに対して少なからず反省があるのかと勝手に解釈しておくことにします…