早いものですね。
10年前とは自宅も仕事も変わりました。
築30年以上で耐震基準も旧基準だった自宅は震度5強によく耐え、本棚が倒れた程度で済みましたが、その後耐震基準が変わり色々ガタも来たので、新築に引っ越しました。
当時は九段下付近の会社に勤めていたので、会社内で被災しました。
立っていられない揺れが鎮まると、靖国神社に避難。メンバーの点呼を終え、誰も怪我がないことを確認。
靖国神社内も燈籠が倒れたり、あちらこちらでひび割れがおきていました
自宅に電話すると繋がり、家族の無事も確認。その後はまったく繋がらなくなったのですが、一度でも繋がってくれて安心できましたね
まだスマホ普及前でしたが、携帯でテレビ見れる者が見ると東北で大地震との情報。
仕事は終了して各自帰宅するよう指令がありましたが、電車は全面ストップ。靖国通りは大渋滞。
翌日が土曜だったので、諦めて会社に泊まる連中もいましたが、オイラは帰宅を選択。
交通手段がないので徒歩でした。18時前に会社を出発。
まず靖国通りを新宿まで歩きましたが、その間、車はまったく動いておらず、同じように徒歩で帰る同輩がたくさんいましたね。
新宿のビルにあるモニターで映し出されていたのが津波の映像。不謹慎ながら最初はSF映画かと思ってしまうほど、信じられないような映像でした
新宿からは青梅街道に出て、ひたすら歩き続けました。同じ方面の同僚は一人減り、二人減り…オイラが1番遠かったので、帰宅したのは午前1時を過ぎていました。
途中のコンビニは品切れでほぼ閉店。
開いていたラーメン屋でラーメンを食べましたが、寒い日だったので美味かった…
荻窪付近だったと思いますが、路上で炊き出しをしている老夫婦に遭遇。炊き出しと言っても白湯だけでしたが、寒い中わざわざ外で白湯を振る舞ってくれたことに感動しました
東京で被災したオイラはこの程度で済みましたが、宮城、岩手、福島は大変なことになっている全容を知ったのは翌日のこと。
いまだに復興したとは言い難く、苦労している方はたくさんおられると聞きます。
現在の政権も信用できませんが(震災当時もひどかったですが)、国民の方を向いた政治を行い本当の復興が早急に実現することを願ってやみません。

