残念なことにこの時の宝塚記念で印象が強いのは名馬ライスシャワーが競争中止、安楽死処分になったことでした。
天皇賞で復活勝利をしたものの、G1勝ちが全て3000m以上で種牡馬としての勝ちを上げるために中距離G1の宝塚記念を狙って起きた悲劇…と当時の記事で読みました。
今思い返しても残念な出来事です…
ダンツシアトルは世界的名血と謳われ種牡馬入りしたものの産駒は走らず。宝塚記念2着だったタイキブリザードもその後に安田記念G1を勝って種牡馬入りしたものやはり産駒は今一つでした。シアトルスルーの系統が日本に合わなかったのか?
しかしダンツシアトルは30歳まで長生きして、老衰で他界しました。立派な馬生でしたよ
ダンツシアトルのご冥福をお祈りいたします。


