懐かしい名前がたくさん
勝ったのは大外のペイザバトラー。
完全にタマモクロス中心の写真ですが
16ペイザバトラーが勝利。5タマモクロスは2着。
画面に写っていませんが外からオグリキャップが差し届かず3着でした。
カツラギエース、シンボリルドルフとJCを勝つ日本馬は出てきたものの、この頃はまだ外国馬は脅威でした。
この年は芦毛のヒーローとして年初から負けなし、前走天皇賞(秋)でオグリキャップを退けたタマモクロスがJCも勝つと思われましたが、伏兵扱いだったペイザバトラーにやられました。
確かペイザバトラーはアメリカ馬、地元ではG1を勝つような馬ではなかったはずが大金星。
5着だったトニービンはこの年の凱旋門賞馬。
日本で種牡馬入りして名馬を多数排出した馬もJCではいいところなかったのですよ
他にもムーンマッドネスやスカイチェイス(取消)など海外で大レースを制した馬が結構JCに来てくれていたのですよ
ペイザバトラーは日本の馬場が合うのか、翌年もレコードタイムのホーリックス、オグリキャップに次ぐ3着。日本で種牡馬入りし、早逝は残念でしたが重賞馬パルブライトを出すなどしました。
この頃、前哨戦として富士Sが指定オープン1800mとして2週前に組まれており、セーラムドライブ、スカイチェイス、アワーズアフターが出走しセーラム1着、スカイ2着。
この時セーラムドライブの関係者が、
「JCはレベル的に勝負にならないので、現地G1より高額な賞金の富士Sを勝ちに来た」
というような話をしていた記憶があります。
当時の富士Sはオープン特別ですから、2000万弱くらいしか賞金がないはず。それを勝ちに来るって海外レースはどれだけ賞金低いのか?と衝撃を受けました。30年以上も前の記憶ですからかなり怪しいですが
出走取消になったアワーズアフターはこの年のフランスダービー馬でした。富士Sで7着後、調教中に屈腱断裂などの重症を負い、出走取消どころか競走能力喪失になってしまいました。
彼がフランスに帰りダービー馬として種牡馬になれたのか気になりましたが、当時は海外情報は本当に少なく、知る限りの血統大全に彼の名を見つけたことはありません…消息が今でも気になっています
外国馬のいない今年、鞍上だけ外国籍がたくさん
誰か一矢報いてくれ!ユーキャンスマイル岩田騎手、頼む!


