覚えてますか【ペイザバトラー】 | ftoppyのブログ

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ほとんど日記…いや、毎日更新はしないんでただの戯言ですね(^^)
競馬、漫画、パチスロ、映画なんかの話が中心だと思いますんで(´Д`)

1988年ジャパンカップ。


懐かしい名前がたくさん照れ

勝ったのは大外のペイザバトラー。


完全にタマモクロス中心の写真ですが笑い泣き
16ペイザバトラーが勝利。5タマモクロスは2着。
画面に写っていませんが外からオグリキャップが差し届かず3着でした。

カツラギエース、シンボリルドルフとJCを勝つ日本馬は出てきたものの、この頃はまだ外国馬は脅威でした。

この年は芦毛のヒーローとして年初から負けなし、前走天皇賞(秋)でオグリキャップを退けたタマモクロスがJCも勝つと思われましたが、伏兵扱いだったペイザバトラーにやられました。

確かペイザバトラーはアメリカ馬、地元ではG1を勝つような馬ではなかったはずが大金星。

5着だったトニービンはこの年の凱旋門賞馬。
日本で種牡馬入りして名馬を多数排出した馬もJCではいいところなかったのですよニヤリ
他にもムーンマッドネスやスカイチェイス(取消)など海外で大レースを制した馬が結構JCに来てくれていたのですよチュー


ペイザバトラーは日本の馬場が合うのか、翌年もレコードタイムのホーリックス、オグリキャップに次ぐ3着。日本で種牡馬入りし、早逝は残念でしたが重賞馬パルブライトを出すなどしました。

この頃、前哨戦として富士Sが指定オープン1800mとして2週前に組まれており、セーラムドライブ、スカイチェイス、アワーズアフターが出走しセーラム1着、スカイ2着。

この時セーラムドライブの関係者が、

「JCはレベル的に勝負にならないので、現地G1より高額な賞金の富士Sを勝ちに来た」

というような話をしていた記憶があります。
当時の富士Sはオープン特別ですから、2000万弱くらいしか賞金がないはず。それを勝ちに来るって海外レースはどれだけ賞金低いのか?と衝撃を受けました。30年以上も前の記憶ですからかなり怪しいですがキョロキョロ

出走取消になったアワーズアフターはこの年のフランスダービー馬でした。富士Sで7着後、調教中に屈腱断裂などの重症を負い、出走取消どころか競走能力喪失になってしまいました。
彼がフランスに帰りダービー馬として種牡馬になれたのか気になりましたが、当時は海外情報は本当に少なく、知る限りの血統大全に彼の名を見つけたことはありません…消息が今でも気になっていますショボーン

外国馬のいない今年、鞍上だけ外国籍がたくさんムキー
誰か一矢報いてくれ!ユーキャンスマイル岩田騎手、頼む!プンプン