今、大阪に向かっている新幹線🚅から
この記事を書いています。
「え」
言葉が出ないって
こういうことなんだ。
12月25日、19時
5年ぶりに来た
友だちからのLINEをひらいて
言葉を失った。
そこにあったのは
訃報
という言葉。
「◯◯◯◯さんが今日の夜中に亡くなった
と連絡が入りました」
何度よみ返しただろう。
声を出して泣いたのは
いつぶりだろう。
主人がかけ寄り
猫たちが集まり
見守っている。
こんなにも突然
やってくるんだ。
悲しくて
辛くて
寂しくて
泣いた日。
でもね、
誰しもある命。
誰か大切な人が
今世おわりを迎えるとき
命あるわたしは
悲しくて泣きじゃくるだけで、いいの?
って思ったんです。
「それは、いや」
だからこそ
「お見送りをしたい」
わたしが◯◯さんとのお別れで
悲しみにひたるためではなくて
「あのとき、ありがとう」
「今まで、ありがとう」
わたしが◯◯さんに伝えるために
◯◯さんのお見送りに行く!
そう、決めたんです。
わたしが、気持ちをきりかえるというより
わたしが、その気持ちをどこに持って行くか?
わたしが、「わたしの気持ち」の方向を決めた!
という感じです。
どこの誰にも「わたしの気持ち」を
引っ張られることはできなくて
わたしが「わたしの気持ち」を
未来へ導いていく。
「わたしの気持ち」と向きあい
「わたしの気持ち」を大切にしていこう。







