今日は、リアクションしやすさ、されやすさがお互いの距離感を縮めるのではないかと思いました。

段々年も取ってくると、気を使うことが増えてきますが、

何か最近自分自身が気を使われているのではないかと、思いました。考えごとをしていたり、しかめっ面してたりもあるでしょう。

会社に年々若い人が入ってきて、自分なりにボケても、ギャグ、笑いのつぼが古かったり、年上の人にはおもいっきりツッコミづらかったり・・・、でも先輩らしい所もなくてはいけない。本当はめちゃめちゃ子供な発想なのにとか。

そこでいや、今よりもっと多くの人とでも、コミュニケーションをとれる、絆を深められるという要素に、リアクションのしやすさ、されやすさというものを取り入れてはどうだろうかと。

上記のケースは私の場合の一例ですが、そんなことを思いました。

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ふと思ったことで、10年後20年後の自分は、今の自分を後悔しないかということ。

それはとっても重くて、またはリアリティを感じず、目を向けないのが大概の気持ちだけど、いざ時が流れて10年後20年後となれば、ああ、とても早かった、て思うと思うんです。

目先の利益に目を向けて進んで行くのが社会だけど、さぁそれだけでいいのか?っていう時に、

将来に目を向けて、大らかに今はこの方向性を胸に抱いておけば、それでいいやとか、

ここは周りに協調して、こんな演技をしてみようかとか、こんな笑顔、言葉、態度で行ってみようかとか、

とにかく分けて考え、行動しとけばいいかなって、

その現実の行ったり来たりの中に、
時に、揺るぎない自分の人生観がかいまみえ、

ああこれでいいやって、自らを癒したり、発奮させたりして生きているのかなって、

そんな胸中で毎日を過ごしてれば、充分だと思いました。

逆に自分は今、物凄く片寄っている努力をしていて、報われない、おかしいんじゃないか、っていうこともあとあと、自分の根底的な力になっていて、

そんな人生のサイクルを続けていき、最後は笑っていきたいです。\(^_^)/



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今日は原点について思うことがあり、書いて行きます。

世の中には、進化、新しい機能、モデルチェンジといったことがありふれていますが、そういうことを簡単に言っちゃっていいのかと思うんです。

自分もある商品を売り、それを仕事にしていますので、そういうことをアピールし、生活の糧にしているわけですが、ああ使いふるされていて、型として古臭いなと一方で思ってしまいます。

そのものが必要であった所以って本当はもっとシンプルで図太いものだったろうと。

その思いが日々色々なことが起こることで、埋もれて、はて自分は今何をしているんだろうって、昔からよく思っていました。

そういう時には、原点に戻ろうと、今この歳にしてやっとそんな気持ちが芽生えてきました(笑)

考えすぎて、ひねくれて考えてしまうのも疲れてしまいますしね。

柔軟な頭で日々を送りたいです。



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