どこまでも遠くに飛ぶという人類が有史から憧れる行為は、飛行機を発明しやがて宇宙へ旅立つまでに発展した。
そして、ついにはレジャーでの飛行が可能となった。誰でも気持ち次第で飛ぶことができる。
ハンググライダーというスポーツは、子供のころ夢見た鳥のように飛ぶ事を体現できるのだ。
ハンググライダーの魅力のひとつにクロスカントリーがある。
そう、まさにどれだけ速く遠くへ飛べるか。
日本記録は240㎞。世界記録では700㎞以上に及ぶ。
ハンググライダーは動力を持たないのだから驚愕するだろ?
しかも、この数字はスタートからゴールまでを直線で引いた距離で、実際の移動距離としてはこれにプラスαされる。
赤い線が滑空した軌跡。公式距離ではウニョウニョした所はノーカンとなる。
その動力を持たないハンググライダーを操るフライヤーは、滑空しながらも地形、時間、日照、風、性能等様々な取捨選択を迫られ、その判断一つ一つが滑空距離に影響を及ぼす。
クロスカントリーは経験値が重要なのは言わずもがな、一瞬の判断が結果につながる案外シビアな競技なのだ。
非常に言いにくいが、俺の記録は直線で30㎞くらい。
日本記録の1/8。この世界ではゴミだ。
だって、へたしたらそこらのローカル大会でのタスクの一部くらいの距離だからな。
しかし、この30㎞のフライトは当時の俺にとって最高に興奮する出来事となった。
この日はクロスカントリー(略してクロカン)には絶好の機会だった。
テイクオフがある更クサ山から、クラウドストリートが南西方向へ連なっている。
クラウドストリート。
雲の道。風向きに沿ってサーマル(熱上昇気流)が列をなして発生する時、上空にできる積雲の列のこと。
クラウドストリートを追って飛ぶことによって、長距離のフライトを比較的容易に行うことができる。
こんな絵にかいたような雲の道を見たらフライヤーは悶絶する。
(画像も説明の大部分も借りてきたもの。今さらだがな。)
こんな機会滅多にないぞ。俺は行くからなっ!
ヨーダの鼻息が荒い。
まあ基本的にイケイケのアラ還なんで、いつものことなのだが。
あら~。冷静なタイメイケンまで目の色が違う。
え?じゃあ俺も行かなきゃいかんのか?
空気的に俺もフガフガ言わなきゃいかんのか?
いや、マジちょっと怖いんですが。
もちろん憧れる。ただ、いつものコース以外は未知だ。
クラウドストリートの理屈は理解している。
しかし、クロカンで向かう方向は車で通ったことがあるだけで飛ぶのは未知の世界。
もし、判断を誤ってランディングを見失ったら。高圧鉄塔、電線に接触したら…。
シグマはいつも通りメインランディング目指して飛べ。ランディング(着陸)に集中しろよ。
…はい。
ちょっと悔しそうな表情をつくり機体のセットアップを再開した。
(よかったぁ~。行け言われるかと思った。ビビったわ。)
先にセットアップを終えたヨーダとタイメイケンは、ランチャー(発射台)でフライトプラン談義中だ。
(おれも行ってみたい。いつものぶっ飛びじゃ物足りん。でもなぁ…。やっぱ自信ないわ。)
悶々としながらも所詮は俺初心者だからなんてクソみたいな言い訳を心の中で思いながら、それを誤魔化し肯定しようとしていた。
じゃあな。行ってくるぜ!シグマ回収頼んだからな!
基本、先にランディングし回収用の車に近い奴は、後からランディングする者のフォローに回るのがルール。
車両はメインランディングにあるので必然的にただ滑空して降りる、所謂「ぶっ飛び」する俺が回収用の車を運転し、クロカンに出るであろう忘れてたけどトオル含め3人を回収することになる。
ヨーダがテイクオフ。
しばらくしてクロスカントリートライを開始する為連なる雲へ向かう。
直後にタイメイケンもテイクオフ。
リフトを掴め!
鳥になる為オヤジたちが躍動する。
加齢臭ハンググライダークラブが熱を帯びていた。
続きはその18に飛んでくれ。