はじめまして!
黒鍵バウアーと申します。
閉まっていた過去の文章を供養してみようと、初めてみました。
とはいうものの、ガラクタ同然の出来なので、大して数もありません。なので、基本的には日記のようなものをダラダラと投稿するつもりです。たまに短編とかも投稿できればなと思います。
いつまで続くかは分かりませんが……。
さて、今回は#1ということで、私が人生で一番初めに完成させた文章を供養します。
多分、記憶の中ではこれが一番目です。
ど素人につき、完成度とかそういうのはさて置き、温かい心で読んでいただけたら嬉しいです。
部屋に引き籠ったままの我が子を、どうか優しく見てあげてください!
前置きはこの辺にして、それでは!
【帰路】
「……あぁ、だから私はね、救ってほしいのだよ」
「…………おい正蔵、なにか、言っておくれよ、……独りは嫌なんだ」
此のまま茫然と自室に籠っては狂人になってしまいそうで、久方振りに外界へ繰り出してみようと、私は考えてみたのだ。
数か月の間、ほとんど全く世間から隔離されていると同義な生活をしていた。あれを、生活と呼んでよいのかは甚だ疑問ではあるし、どちらかと言えば生き長らえていたという表現の方が正しいのかもしれない。
陽が傾き始めてから数刻が経ち、五畳半の小さな部屋の窓から見える風景が、橙色から薄い灰色へと変わっていく。夕刻の緩やかな時間の流れが、世界を平和していると思うのは私だけだろうか。
来る日も来る日もこの小さな部屋にポツリと一人でいるのだが、此れといった趣味というのも持ち合わせておらず、ただ一日かけて酒瓶を一つか二つ開け、退屈しないように呼吸をしている。数か月前までは、週に一度、近所の廃れた商店街に構えている花屋にふらふらと立ち寄っては、看板娘のヨシエさんと三十分ほど立ち話をしてから、ヨシエさんの好みの花を一輪だけ購入して、これもヨシエさんから貰った真白な花瓶に入れるなどしていた。花のことは少しも分からないが、ヨシエさんが良いというのだから良いのだろう。ヨシエさんは、カーネーションが一番好みらしい、覚えていることはそれくらいだ。
習慣という概念を、私はあまり好まないようで、何故週に一度、ふらふらと花屋に寄っては立ち話をして、一輪の花を購入しなければならないのか、そこに意味を見出すことができなくなってしまった。いや、意味を見出そうとしたから、好まなくなったのかもしれない。ヨシエさんのことは好んでいたが、私自身が、その一連の行動の意味について、不可逆的な感情を抱いてしまっていた。こうなってしまっては、無力な私にはどうすることもできない。
私に残されたのは、ただ五畳半の自室にて無限とも思える時間を溶かすことだけであった。
小さな折り畳みの机に、木製の使い古した座椅子が一つ。畳に敷かれている布団は整えられていない。机の右端に置かれた真白な花瓶に花は飾られておらず、異質な白としてそこに存在し続けている。
私は残り半分も残っていない酒瓶を片手に、開け放しの窓の縁に腰掛け、雲の隙間からぼんやりと見える夕陽を眺めては、酒を呑んだり、もう片方の手で開いている百ページほどの詩集をペラペラとめくったりしている。昔から新聞や小説があまり好きではなかった。なんだか文字だけが多くて、数十分もすれば興が冷め、直ぐに退屈に苛まれてしまうのである。
しかし、詩集はどうだろう。短いものであれば数行、文字にしたら百文字あるかどうか、その程度で様々な作品に出合えるのだから、これは愉快だと思った。しかし文字が少ないからといって、作者の想いが伝わらないわけではない、むしろ逆だ。短いからこそ、小説や新聞のように幾重の修飾ができないからこそ、作者の直線的な想いが文字に乗せられ、多くの人を虜にしている。無論私も、その中の一人だ。
それだけ聞くと合理的で良いものだと思うが、実際書いてみようと思うと、どうしてかできないのだ。下手な短編小説を書くのはさほど苦労はしないのに、百文字の美しい文字の羅列が、私にはどれほどの時間をかけて叶わない、遠い夢のように思えた。
だから、詩という文学を、昔から好んでいる。羨望だろうか? いや、もはやそれは無礼だ。私のような凡夫が、そのような感情を持つこと自体が烏滸がましいことだ。
十八の頃から勤めていた会社が七か月前に倒産し、労働に対する欲が無くなってしまった。
————そもそも、そんな欲があったのか、今ではもうどうでもよい小事だが。
故にそんな私が、文学に、詩に、命を捧げている彼ら彼女らに対して、羨望などという情を抱いてはならない。
印刷の仕事は忙しかったが、それなり悪くない生活でもあった。収入や人間関係も、可も不可もなく、平凡な二十四時間を四年ほど繰り返していた。それがなんだ、いつものように出社してみると、部長の様子がおかしい。いや、部長だけではない、役職持ちの偉い人たちが、この世の終わりのような顔をしてデスクに向き合っている。どうした? と一瞬思ったが、それは周りの若手社員も同様にそう思っていたらしい。
部屋の端っこのほう、部長たちには聞こえない程度の小言で、事務の平川さんと吉田が話をしているのが少し聞こえた。平川さんは二つ年上の既婚者で、いつも艶のある長い黒髪をなびかせている。とても片田舎の印刷会社で細々と事務作業をこなしているとは思えない風貌の持ち主。ああ、勿体ない。なんでこんなところに、と頭で思った瞬間、あ、男じゃないか。と納得した。そんな彼女とは、挨拶を除いて、ほとんど話をしたことは無い。
一方で吉田は私と同い年で、入社した時期も同じだ。こいつが中々に面白い女で、いつも男に交じって卑猥な会話でゲラゲラ笑っているような、大人の上品さなんかは微塵も感じられない。
だがこの女、平川さん程では到底ないが、顔立ちは悪くない。というか、まあ普通に可愛い方なのだろう。正直、同期の立場もあるし、口を開けば下ネタで盛り上がっているせいで、一瞬脳みそが誤った判断をしている。そんな二人が話しているから物珍しいと思って、聞き耳を立ててみた。
六日後、この会社は倒産するらしい。
* * *
道路の両脇にずらりと植えられた何十本もの中木の幹には、まるでアマゾンの熱帯雨林に生息するような大蛇を想起させる、無数の電飾がぐるぐると巻かれていた。幾つもの人工的な光は街を照らしていて、煌びやかな初冬の夜を演出しているわけだが、眼球を右に動かすと、背広を着ている男が四人、居酒屋の外で煙草を吸っている。これは、人工的ではなく、自然発生した光景だ。だが、これもまた煌びやかなのに変わりはない、大男が四人もそろって、あんなに口を大きく開けて笑みを浮かべているのだ。
揃いも揃って四人全員がへべれけな顔をしているが、それはさておき彼らにとって素晴らしく善い事があったに違いない。そうするのもいいが、あまり長く語らっていると、煙草の吸殻が雪のように積もってしまうぞ、などと小言を唱えていた————あぁ、もうすぐ雪の季節か。
過去の私、そして私以外の今の人間にとってその光景は、彼らが何を話していたかは只の小事で、煙とともにふわっと消えていく無数の時の欠片が、それぞれの人生として積み重なるのが美しく、或いは虚しく感じるのだろうか。きっと、そうなのだろう。
一方、現在の私は、そういった人の「感情」というものに乏しくなってしまったようで、何をするにしても、善いとか悪いとかの判断が不可能に近くなっていた。とはいえ職にもついておらず、恋人もおらず、友人もほとんどいなくなってしまった私にとって、それは生きる上で、大きな問題ではなかった。只、美味くもない酒を呑んで、適当に呼吸をしているだけなのだから、取るに足らないことを気にしても仕方ないじゃないか。さあて、果たして今の私は人間と呼べるのだろうか? 良く分からない。
何に追いかけられて汗ばんでいるのか分からないが、かつて私の心を満たしていた食事————おもにビールとかウヰスキー、そういう酒のアテになるもの————や、心を揺さぶってくるロックやクラシック、そのほか多くの音楽でさえ、現在の私が聴いて、それらに情緒深い趣だったり、心酔するようなことは、些か荷が重すぎるらしい。ストレスとはこのことだ。脳を空っぽにしていたいし、思考の余地を与えたくない。
今一番、何をしていたいか? と問われたとすれば、逃避という言葉が一番しっくりくるだろう。所謂、何もしたくないと同義だという意見があると思うが、そうではない。逃避とは、何もしないをするために、あらゆる方法を使って、何かをすることだ。結局、逃避をする中で、何かをしている。何もしないなんてことは、簡単にできはしない。今だってそうだ、左右に分かれる道をどちらに進むかでさえ、選択の余地がある。
しかし選択とは、終わらない悪夢だ。生まれて死ぬまで、人間は選択から逃れられない。私は今この瞬間も、思考をしなくてはならない。これは、私が人間である証拠だ。
取り留めのない小事を考えている内に大通りからは外れて、いつの間にか大蛇のような電飾の光は、私の視界から消えていた。無意識に、宵闇の呼ぶ方へ逃げてきたのかもしれない。
大通りを一本南に進むと、不整脈のようにチカチカと光ったり消えたりしている街灯が灯りをともしている路地に出る。今際の際の街灯を頼りに少し歩くと、左手には錆びたブランコと小さい砂場があるだけの小さな公園がある。幼少の頃は、よくここで砂いじりなんかをしてよく遊んだなぁ、なんて妄想をしているときが、もっとも私を満足にしてくれる。
今日は、陽が傾き始める前から街に出ていたので、————特になにをしたというわけでもないのだが————さすがに足が疲れ始めていた。
「どこでもいい、座りたいなぁ」
そう思うと、私は吸いこまれるようにその公園に歩を進めた。まるでおぞましい怪物のようだ。気味が悪いと自分でも分かる。
無事に公園に到着すると、私は先程からずっと握りしめていた缶ビールをプシュッと開けた。ぬるい。そしてアテはなにも買っていない。どうせ、私を満たしてくれるものではなくなっているからだ。ではいったい、なぜこの微炭酸のぬるいアルコール飲料を手にしているのだろう。これも同じく、私を満たすものではなくなっている。こうやって無駄に頭を働かせるのは野暮だと思ってからは、急激に喉が渇きはじめたので、ほとんど一気にそれを喉に流し込み、ああ~などと言ってみた。ひとつも美味しくないが、幾らかは気分が和らいだ。
そんな風に無職の私は、道沿いのベンチに腰かけているのだが、そのベンチの真後ろに街灯があるので、偶にその道を通り過ぎる何人かは、私のことを横目でチラッと見ているに違いない。そうして、ちょっと接吻をしたいが為に公園で休みたい男女などは、あんな人がいるなら今日はやめておこう、場所を変えよう、とか思うに違いない。
ここに来てから三十分は経っただろうが、ヒトの足音は一つ聞こえてこない。聞こえてくるのは只、真裏の街灯の光に集まっている虫の大群が、とびきり張り切って飛んでいる微かな音くらいだ。いや、耳を澄ませば、稀に大通りの方角から叫び声のような、聞くに堪えない雑音が聞こえないこともない。これだから酔払いは見ていられないと、まだ少しだけ残っている缶ビールをグイっと飲み干した。胃の中のアルコールが全身を巡り始め、皮膚が火照っているのが分かる。さらりとした夜風が心地よい。
そうだ、ジーンズの後ろポケットに、詩集を入れていたはずだ。
ベンチから少し腰を上げ、右後ろのポケットに手を伸ばした。
「ああ、家に置き忘れてしまったか」
「……なら、仕方ないなぁ」
もう一度、深くベンチに腰掛けてから、月が雲に隠されてしまうまでの数刻、ただ真黒な空を眺めるでもなく眺めていた。完全に月の姿が消えてしまった頃、吐いた息が薄っすら白くなったのを見て、私は独りになったような気がした。
そう思うとやりきれなくなって、思い立ったようにベンチから腰を上げた。
若干の立ち眩みがして何故か安心したものの、ほとんど酔いが冷めていることに気づく。飲み干した缶ビールはベンチに置かれたままだ。時折、夜風に吹かれて僅かに左右へ揺れている。
さて、帰ろうか。
大きく深呼吸をして、初冬の夜風をふんだんに浴びよう。
ああ、もうそれほど気持ち良いものではなくなった。
「汚れつちまつた悲しみに 今日も小雪の降りかかる 汚れつちまつた悲しみに 今日も風さへ吹きすぎる」
「汚れつちまつた悲しみは たとへば狐の革裘 汚れつちまつた悲しみは 小雪のかかつてちぢこまる」
「汚れつちまつた悲しみは なにのぞむなくねがふなく 汚れつちまつた悲しみは 倦怠のうちに死を夢む」
「汚れつちまつた悲しみに」
「ええと……、続きは、なんだったか」
幻滅したところで私は、闇夜の中を歩き出し、わざわざ大蛇のいない細道を通り抜ける。