今日、住んでいた部屋の引渡しが終わりました。


朝、アパートにつき、鍵を開けてみると、家具も何もない部屋。


今までと違ってシーンとしていました。



声が響いていました。


玄関に靴はない。


納戸もからっぽ。


お風呂場にタオルもない。


ベッドもない。


電気もない。


テレビもない。


服もない。



いろいろな思い出が走馬灯のように・・・


床に着いた足跡らしきもの。娘かな妻かな・・・


何か卒業式のようです。



そんな静かな中で、僕はお礼を言って回りました。



部屋、ありがとう。


寝室、ありがとう。


お風呂、ありがとう。


トイレ、ありがとう。


玄関、ありがとう。


キッチン、ありがとう。


納戸、ありがとう。


洗面台、ありがとう。


ベランダ、ありがとう。



一通り、ありがとうを伝えると、


「ピンポーン」


引渡しの係りの人が来て、チェックを受けました。


「4年も住んでいたように見えませんね。本当にきれいに使われたんですね。」


一通りチェックやサインを終えて、鍵を返してきました。



こういうときって、何か寂しい気持ちになってしまいます。


別れのときだからでしょうか。



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なんとなく昔のことを思い出しました。卒業式です。


卒業式って、泣いちゃうこともありますよね。


その泣く理由は、



別れが悲しいから



過ごしていたところから去っていくのが寂しいから



だから、泣くんだと思っていました。



悲しいとか寂しいとかで男が泣くのは・・・



ってちょっと意地はって、中学以降は泣きませんでしたが・・・


でもアパートを引き渡して、気がつきました。


ちょっと違ったんですね。



「別れ」の時は、喜びにあふれているから泣けるんですね。



あたりまえのようにある学校


あたりまえにいる友達


あたりまえにいる先生


あたりまえにできる勉強


あたりまえにできる部活


あたりまえのようにある部屋


あたりまえのようにある寝室

あたりまえのようにあるお風呂


あたりまえのようにあるトイレ


あたりまえのようにある玄関


あたりまえのようにあるキッチン


あたりまえのようにある納戸

あたりまえのようにある洗面台


あたりまえのようにあるベランダ




中にいる間は、あたりまえに生活していました。



でも卒業式になると、突然変化するんですよね。



「あたりまえ」が「ありがとう」に・・・



だから、別れの時って、『感謝』であふれるんです。


うれしい気持ちでいっぱいになります。


だから、涙がいっぱいあふれてくる。


別れのときの涙は、うれしい気持ちから流れる涙なんですね。


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だから、別れのときに泣いても、恥ずかしくないんですよ。


うれしくて泣いてるんだから。思いっきり涙ながしましょうね。



ペタしてね


心の根っこが「ありがとう」であふれています。