(関連記事)
Lehman shows that CDSs work
By Stephen Wilmot
Published: October 16 2008
先週末、日経新聞でCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)の「清算機関」をめぐる議論がいくつか掲載されている中で、少し誤解を招く記述がありました。
特に下記の記述は、事実と少し異なるように思います。
「損失肩代わり商品(CDS)の場合、世界のどこにも清算機関がなく、個々の金融機関が事務作業をこなしている。清算機関ができれば資金の流れを効率良くできるほか、事務作業も軽くなる。市場規模も把握しやすくなり、市場の安定性が高まる効果も期待できる。」
(10月24日日経新聞朝刊「きょうのことば」)
恐らく、「清算機関」の定義が曖昧なので誤解が生じているのだと思うのですが、日本で言う「清算機関」、つまり、債務を引き受けて売り手と買い手の資金を仲立ちする組織は、米国ではDTCC(Depository Trust & Clearing Corporation)にあたります。ロイターの記事では「決済機関」と書いていますが、業務内容は東証の清算機関と変わりません。また、世界で発行されているCDSのほとんどがDTCCを介しているため、実態把握はかなりの程度できているようです。
一方、前のブログ記事でロイターからリーマン関連債権の清算についての記事を抜粋しましたが、CDSの可能性について示唆する画期的な出来事だったにも関わらず、あまり報道されていません。
欧米の清算・決済機関の全体像を整理するまでには及びませんが、少なくともFTで報道されている内容からいくつか気になる動きをご紹介したいと思います。
(1) 3650億ドル→52億ドル
リーマン・ブラザーズが破産申告をした直後、同社が発行した債権やそれに関連する金融派生商品の債務不履行によってCDSの売り手である金融機関やヘッジファンドの損失が膨れ上がるという憶測が広まりました。そして、誰も正確な価格を掴めずに疑心暗鬼に陥った結果、銀行間取引が細り、株価が急落します。
10月10日行われた入札の結果、リーマンが発行していた債権の決済価格を8.625%に決定しました。よって残りの91.375%の損失をプロテクション(保証)の売り手が支払わなければならないことになります。その額(想定元本)が3650億ドル程度と見られていたわけです。しかし、蓋を開けてみれば、支払い額は52億ドルに収まりました。
なぜでしょう?
下の図で、考えるとわかりやすいです。
取引に参加しているAさんが売り手として買い手であるBさんに1万円支払います。しかし、同時にBさんはCさんに対しての売り手でもあり、1万円支払い、さらにCさんはAさんに1.1万円支払うと、この取引の想定元本は3.1万円でも実際に発生するのはAさんの利益0.1万円とCさんの損失0.1万円だけです。
しかし、例えば、Aさんが急に消えてしまった(債務不履行)とします。すると、損失額は1万円に膨れあがります。BさんとCさんはリスクをヘッジしていたはずが、突然無効になってしまうのです。このリスクのことを「カウンター・パーティー・リスク(counter party risk)」と言います。
さらに、参加者が膨大になり、複雑に取引が行われるようになると、一人が抜け落ちただけで連鎖的に多くの損失を生み出してしまう可能性も考えられます。これを「システミック・リスク(systemic risk)」と呼んで、CDSが孕む最も大きな問題として議論されているわけです。
リーマン・ブラザーズの件でも危惧されていたのがこの「カウンター・パーティー・リスク」で、プロテクションの買い手が支払いをするだけの十分な資本を持ち合わせていないのではないかという不安が広まったのです。
しかし、結果的に予測していた支払額の1.5%にも満たなかったのです。その理由として、破綻する前にリーマンの格付けが落ちていたので、CDSに対する担保を増やすように要請していた、リスクが広く分散していたために負担が少なかったなど肯定的な意見がある一方で、支払いのために証券の現金化が急増し、株価が急落したのだという否定的な見方もあります。
(2)DTCC(The Depository Trust and Clearing Corporation)とCLSBank
リーマンの一件で、CDSの是非について問うのは早急に過ぎますが、各紙で報道されているよりもずっと迅速かつ、組織的にCDSの処理がおこなわれていることは評価するべきではないかと思います。
この問題に興味を持たれた方は是非DTCCのホームページを見てみてください。
DTCCは、世界110カ国で発行されている債権や金融派生商品(総額40兆ドル)を扱い、2007年の清算額は1860兆ドルに達します。2006年11月に電子取引情報を一括で管理する ’automated Traded Information Warehouse’ を立ち上げ、31カ国の1100のバイサイド機関によるCDS取引の情報が登録され、世界のCDS取引の大部分を占めているそうです。債務不履行になった債権はDTCCが引き受け、まずバイラテラルベースでネッティング(差引勘定)をおこない、さらにCLSBankに転送して外国為替決済制度に準拠したマルチラテラルベースでネッティングをおこないます。現在、ほとんどのCDSディーラーはCLSBankで決済をしており、2009年末にはほぼ全市場参加者が同じ方法で清算・決済をおこなう見通しであると書かれています。
詳細はさておき、まずは、相対取引はデータが一元化されておらず、誰も状況を把握できていないという誤解は解けました。
The idea that the industry lacks a central registry for over-the-counter (OTC) credit default swaps (CDS) is grossly misleading and has resulted in inaccurate speculation on a number of matters, including the overall size of the market, its role in the mortgage crisis, and the size of potential payment obligations under credit default swaps relating to Lehman Brothers. The extent to which such speculation has fueled last week’s market turmoil is difficult to determine. The facts are these:
(New York, October 11, 2008, ”DTCC Addresses Misconceptions About the Credit Default Swap Market” DTCCホームページより)
またDTCCは、上述のように、CDS市場の規模、サブプライム問題との関係、リーマン関連のCDSで発生する支払額について(この記事はネッティングが行われる前に書かれています)誤解があると指摘しています。
まず一点目は市場の規模。
「これまでのCDS市場に関する調査はヒアリングを基にしているため、「想定元本」には売り手と買い手の両方の取引額が重複してしまっている。我々のデータベースを基にすると、CDSのコントラクト(契約)は総額34.8兆ドル程度になる。」
(日経新聞→「六月末の取引残高(想定元本)は全世界で五十四兆ドル(約五千四百兆円)に達し、日本の残高は八十兆円程度に上るとみられる。」)
二点目は、サブプライム問題との関連について。
「モーゲージ・ローンに関連するCDSは全体の1%にすぎない。」
三点目は、リーマン関連のCDSについて。
「(リーマン関連のCDSで先週株式市場が混乱に陥ってしまったが、)我々の試算では、今回の清算で実際に支払いが発生する額は60億ドル程度である。」
(当初は想定元本3650億ドルに見合う支払額を予想して市場が混乱していました。)
このように、かなり精度の高い情報を相対取引であっても出すことはできるのです。
(3)東証とシカゴ・マーカンタイル取引所(CME)が目指すもの
現在のCDSの清算システムで問題視されている点の一つが、グローバルな取引を処理するための横断性の欠如で、欧州のいくつかの国では独自のシステムを持っているために情報が一元化されていないと言われています。しかし、この問題についてもDTCCは既に動き始めており、欧州のメジャーな清算機関であるLCH.Clearnetの買収計画が実現します。
The financial pipework needs a transatlantic plumber
Published: October 23 2008
DTCC and LCH.Clearnet eye clearing house tie-up
Published: October 23 2008
以上見てきたように、メディアでは問題視されている「相対取引」(Over-the-counter CDS)でも実態を把握している機関はちゃんとあるのです。しかも、先の買収計画に見られるように国際的な組織として機能するように積極的に動き始めています。
では、メディアで頻繁に取り上げられ、11月の金融サミットで協議される「清算機関」とは何なのでしょうか?
その主要プレイヤーは、シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)で、株式・原油・穀物・貴金属の先物などを幅広く扱う世界最大のデリバティブ取引所として知られています。しかも、FTやホームページを見ている限り、前述の組織とは連携していないようなのです。
日経新聞とFTからわかることは、CMEがもっとも問題にしていることは、「カウンター・パーティー・リスク」だということです。つまり、ひとつの清算機関が債権を引き受けてネッティングするという方法では、最悪の場合取引が破綻してしまう危険性があるということ。従って、CDSの取引を株式やコモディティの先物取引と同じように「自由化」するのが理想だと考えています。
取引を自由化すれば、時価ベースですぐにCDSの価格を誰もが入手することができるので、より安全であり、さらに監督当局も情報を得やすくなります。
一方で、ヘッジファンドは情報が透明な環境では利益を出しにくい性質をもつので、主要なプレイヤーがいなくなってしまう可能性もあり、さらに昨年見られたコモディティ価格の高騰のように思わぬ副作用が表れる危険性もあります。
CDSは、そもそも保証をすることを目的に作られた、実態のないものです。これが市場で自由に取引されるようになると、とても管理できる状況ではなくなりそうですが、どうなのでしょうか? CDSの性格について様々なステーク・ホルダーの観点から検証する必要があるのではないかと思います。
Lehman shows that CDSs work
By Stephen Wilmot
Published: October 16 2008
先週末、日経新聞でCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)の「清算機関」をめぐる議論がいくつか掲載されている中で、少し誤解を招く記述がありました。
特に下記の記述は、事実と少し異なるように思います。
「損失肩代わり商品(CDS)の場合、世界のどこにも清算機関がなく、個々の金融機関が事務作業をこなしている。清算機関ができれば資金の流れを効率良くできるほか、事務作業も軽くなる。市場規模も把握しやすくなり、市場の安定性が高まる効果も期待できる。」
(10月24日日経新聞朝刊「きょうのことば」)
恐らく、「清算機関」の定義が曖昧なので誤解が生じているのだと思うのですが、日本で言う「清算機関」、つまり、債務を引き受けて売り手と買い手の資金を仲立ちする組織は、米国ではDTCC(Depository Trust & Clearing Corporation)にあたります。ロイターの記事では「決済機関」と書いていますが、業務内容は東証の清算機関と変わりません。また、世界で発行されているCDSのほとんどがDTCCを介しているため、実態把握はかなりの程度できているようです。
一方、前のブログ記事でロイターからリーマン関連債権の清算についての記事を抜粋しましたが、CDSの可能性について示唆する画期的な出来事だったにも関わらず、あまり報道されていません。
欧米の清算・決済機関の全体像を整理するまでには及びませんが、少なくともFTで報道されている内容からいくつか気になる動きをご紹介したいと思います。
(1) 3650億ドル→52億ドル
リーマン・ブラザーズが破産申告をした直後、同社が発行した債権やそれに関連する金融派生商品の債務不履行によってCDSの売り手である金融機関やヘッジファンドの損失が膨れ上がるという憶測が広まりました。そして、誰も正確な価格を掴めずに疑心暗鬼に陥った結果、銀行間取引が細り、株価が急落します。
10月10日行われた入札の結果、リーマンが発行していた債権の決済価格を8.625%に決定しました。よって残りの91.375%の損失をプロテクション(保証)の売り手が支払わなければならないことになります。その額(想定元本)が3650億ドル程度と見られていたわけです。しかし、蓋を開けてみれば、支払い額は52億ドルに収まりました。
なぜでしょう?
下の図で、考えるとわかりやすいです。
取引に参加しているAさんが売り手として買い手であるBさんに1万円支払います。しかし、同時にBさんはCさんに対しての売り手でもあり、1万円支払い、さらにCさんはAさんに1.1万円支払うと、この取引の想定元本は3.1万円でも実際に発生するのはAさんの利益0.1万円とCさんの損失0.1万円だけです。
しかし、例えば、Aさんが急に消えてしまった(債務不履行)とします。すると、損失額は1万円に膨れあがります。BさんとCさんはリスクをヘッジしていたはずが、突然無効になってしまうのです。このリスクのことを「カウンター・パーティー・リスク(counter party risk)」と言います。
さらに、参加者が膨大になり、複雑に取引が行われるようになると、一人が抜け落ちただけで連鎖的に多くの損失を生み出してしまう可能性も考えられます。これを「システミック・リスク(systemic risk)」と呼んで、CDSが孕む最も大きな問題として議論されているわけです。
リーマン・ブラザーズの件でも危惧されていたのがこの「カウンター・パーティー・リスク」で、プロテクションの買い手が支払いをするだけの十分な資本を持ち合わせていないのではないかという不安が広まったのです。
しかし、結果的に予測していた支払額の1.5%にも満たなかったのです。その理由として、破綻する前にリーマンの格付けが落ちていたので、CDSに対する担保を増やすように要請していた、リスクが広く分散していたために負担が少なかったなど肯定的な意見がある一方で、支払いのために証券の現金化が急増し、株価が急落したのだという否定的な見方もあります。
(2)DTCC(The Depository Trust and Clearing Corporation)とCLSBank
リーマンの一件で、CDSの是非について問うのは早急に過ぎますが、各紙で報道されているよりもずっと迅速かつ、組織的にCDSの処理がおこなわれていることは評価するべきではないかと思います。
この問題に興味を持たれた方は是非DTCCのホームページを見てみてください。
DTCCは、世界110カ国で発行されている債権や金融派生商品(総額40兆ドル)を扱い、2007年の清算額は1860兆ドルに達します。2006年11月に電子取引情報を一括で管理する ’automated Traded Information Warehouse’ を立ち上げ、31カ国の1100のバイサイド機関によるCDS取引の情報が登録され、世界のCDS取引の大部分を占めているそうです。債務不履行になった債権はDTCCが引き受け、まずバイラテラルベースでネッティング(差引勘定)をおこない、さらにCLSBankに転送して外国為替決済制度に準拠したマルチラテラルベースでネッティングをおこないます。現在、ほとんどのCDSディーラーはCLSBankで決済をしており、2009年末にはほぼ全市場参加者が同じ方法で清算・決済をおこなう見通しであると書かれています。
詳細はさておき、まずは、相対取引はデータが一元化されておらず、誰も状況を把握できていないという誤解は解けました。
The idea that the industry lacks a central registry for over-the-counter (OTC) credit default swaps (CDS) is grossly misleading and has resulted in inaccurate speculation on a number of matters, including the overall size of the market, its role in the mortgage crisis, and the size of potential payment obligations under credit default swaps relating to Lehman Brothers. The extent to which such speculation has fueled last week’s market turmoil is difficult to determine. The facts are these:
(New York, October 11, 2008, ”DTCC Addresses Misconceptions About the Credit Default Swap Market” DTCCホームページより)
またDTCCは、上述のように、CDS市場の規模、サブプライム問題との関係、リーマン関連のCDSで発生する支払額について(この記事はネッティングが行われる前に書かれています)誤解があると指摘しています。
まず一点目は市場の規模。
「これまでのCDS市場に関する調査はヒアリングを基にしているため、「想定元本」には売り手と買い手の両方の取引額が重複してしまっている。我々のデータベースを基にすると、CDSのコントラクト(契約)は総額34.8兆ドル程度になる。」
(日経新聞→「六月末の取引残高(想定元本)は全世界で五十四兆ドル(約五千四百兆円)に達し、日本の残高は八十兆円程度に上るとみられる。」)
二点目は、サブプライム問題との関連について。
「モーゲージ・ローンに関連するCDSは全体の1%にすぎない。」
三点目は、リーマン関連のCDSについて。
「(リーマン関連のCDSで先週株式市場が混乱に陥ってしまったが、)我々の試算では、今回の清算で実際に支払いが発生する額は60億ドル程度である。」
(当初は想定元本3650億ドルに見合う支払額を予想して市場が混乱していました。)
このように、かなり精度の高い情報を相対取引であっても出すことはできるのです。
(3)東証とシカゴ・マーカンタイル取引所(CME)が目指すもの
現在のCDSの清算システムで問題視されている点の一つが、グローバルな取引を処理するための横断性の欠如で、欧州のいくつかの国では独自のシステムを持っているために情報が一元化されていないと言われています。しかし、この問題についてもDTCCは既に動き始めており、欧州のメジャーな清算機関であるLCH.Clearnetの買収計画が実現します。
The financial pipework needs a transatlantic plumber
Published: October 23 2008
DTCC and LCH.Clearnet eye clearing house tie-up
Published: October 23 2008
以上見てきたように、メディアでは問題視されている「相対取引」(Over-the-counter CDS)でも実態を把握している機関はちゃんとあるのです。しかも、先の買収計画に見られるように国際的な組織として機能するように積極的に動き始めています。
では、メディアで頻繁に取り上げられ、11月の金融サミットで協議される「清算機関」とは何なのでしょうか?
その主要プレイヤーは、シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)で、株式・原油・穀物・貴金属の先物などを幅広く扱う世界最大のデリバティブ取引所として知られています。しかも、FTやホームページを見ている限り、前述の組織とは連携していないようなのです。
日経新聞とFTからわかることは、CMEがもっとも問題にしていることは、「カウンター・パーティー・リスク」だということです。つまり、ひとつの清算機関が債権を引き受けてネッティングするという方法では、最悪の場合取引が破綻してしまう危険性があるということ。従って、CDSの取引を株式やコモディティの先物取引と同じように「自由化」するのが理想だと考えています。
取引を自由化すれば、時価ベースですぐにCDSの価格を誰もが入手することができるので、より安全であり、さらに監督当局も情報を得やすくなります。
一方で、ヘッジファンドは情報が透明な環境では利益を出しにくい性質をもつので、主要なプレイヤーがいなくなってしまう可能性もあり、さらに昨年見られたコモディティ価格の高騰のように思わぬ副作用が表れる危険性もあります。
CDSは、そもそも保証をすることを目的に作られた、実態のないものです。これが市場で自由に取引されるようになると、とても管理できる状況ではなくなりそうですが、どうなのでしょうか? CDSの性格について様々なステーク・ホルダーの観点から検証する必要があるのではないかと思います。
