中国のGDP成長率が9%に失速したというニュースがヘッドラインになっています。この他にも住宅バブル崩壊の中小企業の相次ぐ倒産、自動車販売の低迷など市場にとっては悪材料となるニュースが次々と発表されています。
これに対して、専門家の意見は冷静です。
この程度の減速は、中国政府がこれまでおこなってきた引き締め政策や産業構造の転換、さらに通常の景気循環によっても当然予測されていたことであり、金融危機からの影響はほとんどないどころか、政府が着手していた様々な改革にとっては逆に追い風になる可能性もあるからです。
現在支配的な見方は、中国は世界の投資家からの過剰な期待を裏切り、通常のペースの成長に戻るというものです。そして最善のシナリオは、今回の世界的な景気後退を機に、キャパシティが過剰になっていた輸出型産業では企業の整理統合が進み、輸出量は安価な商品を求める外需によって回復し、さらに毎年1,200~1,300万人都市部に流入する人口によって内需が順調に伸びることで、中国経済はハード・ランディングせずに成長を続けるというシナリオです。
しかしそれでも、一部で期待されているように中国の内需が世界経済を支えるという構図にはなりえず、中国が世界経済に与える影響は非常に限定的なものであることが特に強調されています。
では、なぜ、中国の内需が期待するほどにはならないと言えるのか?
その理由は、何よりも中国の金融システムの貧弱さにあるのではないかと思います。
これまでの世界的な好景気は米国の過剰消費が支えていたわけですが、それを可能にしたのが言うまでもなく今回の金融危機を招いた高度な金融システムです。これが中国にはありません。さらに、社会的なセーフティ・ネットが貧弱なため、将来に対する不安が大きく、家計と中小企業の貯蓄性向が高くなっています。
今回、いくつかの記事を読んで印象的だったのが、中国内で需給のミスマッチが起きていることです。世界的に見れば、中国はこの数年間二桁台の成長を遂げ、上海や香港の「ニューリッチ」の消費性向に注目が集まっていました。結果、不動産はバブル化し、GMやフォードなど新たな「中産階級」の需要を狙って企業が進出しました。しかし、世界が想像するよりも中国の「中産階級」の生活水準は高くないのではないでしょうか? 今の中国の一般的な家計では、将来の不安からお金を使いたがらないと言います。車一台買うよりも教育費や老後の生活資金のために貯蓄しなければならないからです。様々な政策によって、最低限の都市生活を営む所得者層は今後もかなりのペースで増えますが、これだけでは内需の活性化にはつながらないのです。
では、中国経済に期待できることはあまりないのかといえば、そうではないと考えます。
一番期待されるのが、都市域の輸出型産業と農業における整理統合の動きです。
より効率が高く、高付加価値の産業が育っていけば、設備投資が増え、雇用が創出されることで個人消費にも結びつきます。世界経済の景気後退によって相対的に安価な製品の競争力が増すと考えれば、中国の輸出型産業にとってはチャンス再来という見方も可能なのではないでしょうか。この動きが積極化すれば、インフラ整備や技術的側面でOECD諸国が協力できる場面もでてきます。
さらに期待されるのが(なかなか実現が難しいかもしれませんが)、金融面で個人が資金をより自由に動かせるような制度の実現です。これによって中産階級の消費行動が劇的に変わります。
前者については、中国製品の価格がこれまでどのように決定され、今後競争力を持ちえるのかという点について考える必要があると思います。この観点から注目されているのが、徹底的な現場取材で中国の製造業を追ったこの一冊です。

The China Price
また、中国の金融システムは社会システムの根源的な問題だといえるのですが、UBSのエコノミスト、ジョナサン・アンダーソン氏によるレポートがあります。

China Into the Future: Making Sense of the World's Most Dynamic Economy
さて、今後の中国経済の見通しについて10月15日に発表されたドラゴノミクスのレポートを見てみることにします。(→ドラゴノミクスとは?)
China Insight - Apres la deluge: China in the credit crisis aftermath
●まずは、短期の見通しについて。
(1)中国経済はソフト・ランディングへ向かっている。
実質GDP成長率は2008年に9.5%、2009/2010年に8-8.5%程度で推移する。
これは、中国の人口動態、生産性、都市化によって実現され、過去に中国が経験したハード・ランディングによる景気後退(1989-90、1998-99)は避けられる。
(2)世界的な金融危機の影響は少ない。
中国の金融機関は世界経済に対して開放されていないので、金融危機の直接的な影響は少ない。
間接的な影響は世界的な消費の落ち込みから来るが、景気後退期には安価な中国製品が国際競争力をもつと考えられ、原材料の価格も下落しているため、中国の輸出産業は急激には減速しない。
(3)そもそも中国経済は輸出主導型ではない。
中国の巨大な貿易黒字は輸出入の不均衡から来るものではなく、企業と政府が蓄積した資本を家計や政府の支出部門に回す効率的な金融システムがないために生じている。金融システムが自由化されていけば、貿易黒字も正常化するだろう。
(4)原材料価格は短期的には下落するが、中長期的には上昇する。
経済成長率が8%に減速し、政府の政策と市場の原理に従って企業が効率性を高めることで、短期的には原材料価格は下落する。しかし、中国の産業化、都市化に必要なインフラ整備はまだまだ途上の段階であり、中長期的に需給は逼迫するため上昇圧力は依然存在する。
(5)効率性の向上によって産業の整理統合が進む。
珠江デルタの軽工業地帯で多くの工場が閉鎖されるニュースが発表されているが、これは効率性が悪い企業が淘汰されている結果である。中国の多くの産業は零細企業が過剰に存在する非効率な状態であり、より効率的な経営をおこなう大企業に吸収されている。1995-2005年にかけて国営企業が倒産したときは、5000万人の失業者が出たが、今回はそこまでの痛みは伴わない。
(6)ハイエンドの不動産産業は低迷するが、ローエンドの住宅は慢性的に不足している。
中国の都市域では、ハイエンドの不動産産業がバブルを形成し、現在急落しているが、年間400万人の人口が都市に流入しているため、ローエンドの住宅が不足している。前者については2010年まで回復する見込みはないが、後者については2009年下半期に在庫調整が終われば、政府主導の建設プロジェクトが開始する。しかし、株式を上場しているような不動産会社は前者のビジネスを手掛けており、今後も倒産するケースが増えるだろう。
(7)銀行の収益率は落ちるが、財務体質は健全である。
大手銀行の不良貸出は総資産の5%程度で1997年の50%から大幅に改善されている。今後NPL率が10-12%まで上昇する可能性が高いが、銀行の収益で十分にカバーできる。
●次に、中国の景気循環についてですが、中国政府が公表するGDPは過去の実績からあまり信用されておらず、UBSやドラゴノミクスは政府の歳出をもとに計算し直しています。
ドラゴノミクスによれば、中国の景気循環は5年周期で現在は景気後退期の入り口。過去に2度、この景気後退期に外的要因が重なり、さらに制度的な問題が顕在化して「ハード・ランディング」に至るというシナリオを経験しています。一度目は天安門事件があった1989年、二度目はアジア通貨危機によって打撃をうけた1998年です。1989年には経済成長率が一年で-2%まで落ち込み、その後5年間は6.25~6.5%で推移し、1998年の危機では5%まで落ち込み、その後5年間は同じく6.25~6.5%で推移しています。「ハード・ランディング」といってもこれだけの数値を維持するのですが、今回は制度的な問題が見られず、むしろ金融危機が構造改革を後押ししているという状況の中、今年は9.5%程度、来年からは8~8.5%程度と「ソフト・ランディング」のシナリオを想定しているわけです。
これに対して、専門家の意見は冷静です。
この程度の減速は、中国政府がこれまでおこなってきた引き締め政策や産業構造の転換、さらに通常の景気循環によっても当然予測されていたことであり、金融危機からの影響はほとんどないどころか、政府が着手していた様々な改革にとっては逆に追い風になる可能性もあるからです。
現在支配的な見方は、中国は世界の投資家からの過剰な期待を裏切り、通常のペースの成長に戻るというものです。そして最善のシナリオは、今回の世界的な景気後退を機に、キャパシティが過剰になっていた輸出型産業では企業の整理統合が進み、輸出量は安価な商品を求める外需によって回復し、さらに毎年1,200~1,300万人都市部に流入する人口によって内需が順調に伸びることで、中国経済はハード・ランディングせずに成長を続けるというシナリオです。
しかしそれでも、一部で期待されているように中国の内需が世界経済を支えるという構図にはなりえず、中国が世界経済に与える影響は非常に限定的なものであることが特に強調されています。
では、なぜ、中国の内需が期待するほどにはならないと言えるのか?
その理由は、何よりも中国の金融システムの貧弱さにあるのではないかと思います。
これまでの世界的な好景気は米国の過剰消費が支えていたわけですが、それを可能にしたのが言うまでもなく今回の金融危機を招いた高度な金融システムです。これが中国にはありません。さらに、社会的なセーフティ・ネットが貧弱なため、将来に対する不安が大きく、家計と中小企業の貯蓄性向が高くなっています。
今回、いくつかの記事を読んで印象的だったのが、中国内で需給のミスマッチが起きていることです。世界的に見れば、中国はこの数年間二桁台の成長を遂げ、上海や香港の「ニューリッチ」の消費性向に注目が集まっていました。結果、不動産はバブル化し、GMやフォードなど新たな「中産階級」の需要を狙って企業が進出しました。しかし、世界が想像するよりも中国の「中産階級」の生活水準は高くないのではないでしょうか? 今の中国の一般的な家計では、将来の不安からお金を使いたがらないと言います。車一台買うよりも教育費や老後の生活資金のために貯蓄しなければならないからです。様々な政策によって、最低限の都市生活を営む所得者層は今後もかなりのペースで増えますが、これだけでは内需の活性化にはつながらないのです。
では、中国経済に期待できることはあまりないのかといえば、そうではないと考えます。
一番期待されるのが、都市域の輸出型産業と農業における整理統合の動きです。
より効率が高く、高付加価値の産業が育っていけば、設備投資が増え、雇用が創出されることで個人消費にも結びつきます。世界経済の景気後退によって相対的に安価な製品の競争力が増すと考えれば、中国の輸出型産業にとってはチャンス再来という見方も可能なのではないでしょうか。この動きが積極化すれば、インフラ整備や技術的側面でOECD諸国が協力できる場面もでてきます。
さらに期待されるのが(なかなか実現が難しいかもしれませんが)、金融面で個人が資金をより自由に動かせるような制度の実現です。これによって中産階級の消費行動が劇的に変わります。
前者については、中国製品の価格がこれまでどのように決定され、今後競争力を持ちえるのかという点について考える必要があると思います。この観点から注目されているのが、徹底的な現場取材で中国の製造業を追ったこの一冊です。

The China Price
また、中国の金融システムは社会システムの根源的な問題だといえるのですが、UBSのエコノミスト、ジョナサン・アンダーソン氏によるレポートがあります。

China Into the Future: Making Sense of the World's Most Dynamic Economy
さて、今後の中国経済の見通しについて10月15日に発表されたドラゴノミクスのレポートを見てみることにします。(→ドラゴノミクスとは?)
China Insight - Apres la deluge: China in the credit crisis aftermath
●まずは、短期の見通しについて。
(1)中国経済はソフト・ランディングへ向かっている。
実質GDP成長率は2008年に9.5%、2009/2010年に8-8.5%程度で推移する。
これは、中国の人口動態、生産性、都市化によって実現され、過去に中国が経験したハード・ランディングによる景気後退(1989-90、1998-99)は避けられる。
(2)世界的な金融危機の影響は少ない。
中国の金融機関は世界経済に対して開放されていないので、金融危機の直接的な影響は少ない。
間接的な影響は世界的な消費の落ち込みから来るが、景気後退期には安価な中国製品が国際競争力をもつと考えられ、原材料の価格も下落しているため、中国の輸出産業は急激には減速しない。
(3)そもそも中国経済は輸出主導型ではない。
中国の巨大な貿易黒字は輸出入の不均衡から来るものではなく、企業と政府が蓄積した資本を家計や政府の支出部門に回す効率的な金融システムがないために生じている。金融システムが自由化されていけば、貿易黒字も正常化するだろう。
(4)原材料価格は短期的には下落するが、中長期的には上昇する。
経済成長率が8%に減速し、政府の政策と市場の原理に従って企業が効率性を高めることで、短期的には原材料価格は下落する。しかし、中国の産業化、都市化に必要なインフラ整備はまだまだ途上の段階であり、中長期的に需給は逼迫するため上昇圧力は依然存在する。
(5)効率性の向上によって産業の整理統合が進む。
珠江デルタの軽工業地帯で多くの工場が閉鎖されるニュースが発表されているが、これは効率性が悪い企業が淘汰されている結果である。中国の多くの産業は零細企業が過剰に存在する非効率な状態であり、より効率的な経営をおこなう大企業に吸収されている。1995-2005年にかけて国営企業が倒産したときは、5000万人の失業者が出たが、今回はそこまでの痛みは伴わない。
(6)ハイエンドの不動産産業は低迷するが、ローエンドの住宅は慢性的に不足している。
中国の都市域では、ハイエンドの不動産産業がバブルを形成し、現在急落しているが、年間400万人の人口が都市に流入しているため、ローエンドの住宅が不足している。前者については2010年まで回復する見込みはないが、後者については2009年下半期に在庫調整が終われば、政府主導の建設プロジェクトが開始する。しかし、株式を上場しているような不動産会社は前者のビジネスを手掛けており、今後も倒産するケースが増えるだろう。
(7)銀行の収益率は落ちるが、財務体質は健全である。
大手銀行の不良貸出は総資産の5%程度で1997年の50%から大幅に改善されている。今後NPL率が10-12%まで上昇する可能性が高いが、銀行の収益で十分にカバーできる。
●次に、中国の景気循環についてですが、中国政府が公表するGDPは過去の実績からあまり信用されておらず、UBSやドラゴノミクスは政府の歳出をもとに計算し直しています。
ドラゴノミクスによれば、中国の景気循環は5年周期で現在は景気後退期の入り口。過去に2度、この景気後退期に外的要因が重なり、さらに制度的な問題が顕在化して「ハード・ランディング」に至るというシナリオを経験しています。一度目は天安門事件があった1989年、二度目はアジア通貨危機によって打撃をうけた1998年です。1989年には経済成長率が一年で-2%まで落ち込み、その後5年間は6.25~6.5%で推移し、1998年の危機では5%まで落ち込み、その後5年間は同じく6.25~6.5%で推移しています。「ハード・ランディング」といってもこれだけの数値を維持するのですが、今回は制度的な問題が見られず、むしろ金融危機が構造改革を後押ししているという状況の中、今年は9.5%程度、来年からは8~8.5%程度と「ソフト・ランディング」のシナリオを想定しているわけです。