渡辺部長は3年前に先代社長に大手製造会社からスカウトされT工業に移籍した。

先代社長は大手製造会社の生産管理手法をT工業にも適用したいと考えた。しかし、売上高が1兆円を越す企業の手法をT工業に適用するのは難しかった。


 先代社長は、具体的な手法はともかく何とかして大手企業の考え方を当社に適用しようと考えていたが、渡辺はそこまで柔軟にはなれなかった。

 一方田部はT工業の成長に何とか追いついていこうと頑張ってきた。安田専務や山田常務の厳しい要求にかろうじて応えてきた。田部と同期や先輩の社員の数名は過酷な要求に耐えられず辞めていったが、彼は耐えてT工業の成長を支えてきた。そして、彼を信頼する後輩達を育ててきた。

 ようやく若手が育ってきた時期に渡辺が入社してきた。

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「それでは、製造原価の削減、製造の効率化についてディスカッションしたいと思います。」池田が落ち着いた口調で言った。

 「渡辺部長はシステムの導入により、製造の効率化や部品コストの低減を図ることができるとのお考えですね。」

 「現状のやり方を見ていると各担当がそれぞれ表計算ソフトを使って、バラバラに生産計画、部品使用計画を立てている。これは極めて非効率であり、かつ部品の購買力も低くなっている。システムの導入によりこれらの無駄を排除できれば充分に製造原価は削減できると私は考えている。たた、田部君はそうは考えていないようだが・・・。」

 渡辺は田部を睨むようにして言い放った。

 「皆さんに誤解があるようですが、私はシステム導入自体を否定しているわけでは有りません。」田部が応戦した。

 「ただ皆さんがあまりに現場の状況を理解されておらず、システムを入れさえすれば色々な問題が解決すると考えられていることに不安を持っています。」

 「分科会で多少のディスカッションをさせていただきましたが、これは製造だけの問題ではないため、敢えてこのミーティングで議論させていただきたいと考えました。」

「また、この件については池田さん、河合さん、沢田さんとも事前に相談させていただきました。」

田部の主張は以下のようなものだった。

T工業では、今まで部品表の作成維持は担当者の個人管理に任せていた。担当者は表計算ソフトを使い、部品表を個別に管理していた。そのため、同じ部品でも人によって部品名が異なったり、使用する部品や想定破損率の標準化ができていないものもあった。

T工業では、きっちり準備をしてから対応する余裕は無かった。安田専務も山田常務も顧客優先で情報の整理については後回しにしろという方針であった。それ故にT工業は成長してきたのだが、ここまで来て情報の整理の遅れは今後の成長の阻害要因になっている。

当然、統一された部品コードもなく、生産管理課長の田部が毎月時間をかけて調整をしていた。

その事を解決せずにシステムを入れても効果は上がる訳がない。そして情報の整理だけではなく、現状の業務および情報の流れを整備しなければシステム導入の効果は望めない。

このことを田部は主張したかった。

 「部品表」の整備・標準化ができない限り、「生産効率の向上・コストダウン」、「見積精度の向上」などは絵に描いた餅になってしまう。T工業にとって「部品表の整備・標準化」がシステム導入の成否を握っていると言っても過言ではないと池田は考えた。

 物静かな河合が自ら進んで発言をした。

 「私は営業ですので顧客からの要望に極力応えたいと考えています。しかし、それに対応できるのは生産管理の田部さんや資材の沢田さんのおかげだということを実感しました。

我々は、日の当たる成功について評価を受けていますが、それは生産や購買の支えがあってこそだと思います。その認識が不足していたことを反省しています。」

 「河合さんありがとうございます。」「我々の努力を評価していただけることはすごく有難いです。」「ただ、部門や個人の努力には限界があると思います。」

 「社長、私は口下手な人間ですがこの機会が我社の構造を変える重要な転機だと思います。」色々な会議でも積極的な発言をしてこなかった田部が高岡に向かって言った。

 「この機会に現状の部品表の不備を見直すとともに、仕入先の見直しも実施したいと考えます。そのためには一時的にパートまたはアルバイトの採用をお願いします。現業を実施しながらプラスアルファの仕事をこなすのは限界があります。」

 「また、業務の流れの見直しをしたいと思います。」

「顧客のために新製品を導入することは必要なことだと考えますが、その情報の流れを円滑にしていただかないと自転車操業に陥り原価の低減もままなりません。」

「田部君、言い過ぎではないか?」

「先代社長のやり方を否定するつもりか?」渡辺がきつい口調で言った。

 「渡辺さん、まずは田部さんの意見を聞きましょう。」

池田がなだめるように言った。

 「ありがとうございます。先代社長のやり方を否定する気は毛頭ありません。しかし企業も経営環境も変化していきます。私は、我社を変革する良い機会だと考えています。いえ、この機会を逃したら我社の成長は無いとも考えています。」

 田部の発言に池田、河合、沢田もうなずく。

 「田部君、自分たちが楽をしたいだけなのではないか?」

 渡辺が眼鏡の奥の眼をシニカルに光らせて言った。

 「いえ、そんなことは決してないと私は考えます。販売予測のずれによる生産計画の変更にも田部さん初め、資材の沢田さん達は懸命に対応してくれています。その頑張りに我々は助けられてやってきました。しかし、田部さん達が走り続けられるのにも限界があります。」

 河合が田部をフォローする。

 「100%の販売予測ができる人がいたら、どこの企業でも引く手あまたでしょう。私にはとても無理です。しかし生産に大きな影響を与える製品の予測に限定すれば、高い確度で予測は建てられるのではないでしょうか?すなわち生産と販売がタッグを組んで初めて我社の飛躍があるのだと考えます。」

 河合が続ける。

 「河合君、君は営業と言っても顧客との接点が少ないから気楽なことが言えるのではないかね。顧客の要望は厳しく、時には無茶なものもある。営業はそれに耐えながら我社の製品を売っているのだよ。販売予測は二の次だよ。」

 山田常務が河合に向って言った。

そこで、今まで沈黙していた高岡がゆっくりと口を開いた。

 

11章 完  高石 貢(著)

アップが遅れてすみません。GWが悪いのではありません。筆者が悪いのです。

12 -誰に頼んだらよいのか?-  522日頃 アップの予定です。

システム化計画もようやく固まりいよいよ実行計画の章に入ります。