高橋は、T工業の経理部長を約5年間務めている。彼も池田と同様前社長に誘われて大手製造業の経理係長からT工業の経理部長に転身した。理由は経営により近いところで自分の力を発揮したいと考えたからである。

 彼の席に池田がやってきた。

 「高橋さん、システム導入について社長が高橋さんのご意見を聞きたいそうです。」

 池田は高橋より10歳ぐらい年下だが、彼は池田を評価している。ただ今回のシステムリニューアルに関しては、池田の考えをもっと聞いてみたいと思う。

 前回システム導入に失敗した時には約7,000万円の費用が発生している。今回はシステムで解決できるかどうかは別として、前回と比べて解決課題がかなり具体化してきている。そのため、今回はMAX1億数千万円の投資が必要ではないかと高橋は考えている。

 高岡社長も池田もそれぐらいの投資は必要だと考えているようだ。しかしシステム投資は設備投資と異なり「生産能力の向上」や「コスト削減」のように具体的な効果が見えにくい。管理の強化という点では高橋も最低限のシステムリニューアルは必要だと考えるが、財務部長も兼ねている自分としては具体的な効果が見えないシステム投資に無条件で賛成はできない。

高橋は池田と一緒に社長室に入った。

「高橋さん、急にお呼び立てしてすみません。まずはお座りください。」

「池田さんからシステム導入の件とお聞きしました。」

「そうです。現在、システムのリニューアルに関して計画を策定中なのはご承知だと思います。その計画について高橋さんのご意見をお聞きしたくてお呼びしました。」

「単刀直入に聞きますが、システムリニューアルにいくらぐらい投資が可能だと考えでいますか?年間予算では確か5000万円程度を設定していましたが・・・。」

「財務的には1億円程度の投資は問題ありません。ただし、現金ではなくリースにした方が良いと考えます。」

「また、それはそのくらいの投資は問題がないというだけで、本当にそれだけの金額を掛ける効果があるかはきちんと見極める必要があると思います。」

「私もそう思います。私はリニューアルについて先頭になって旗を振っていますが、かなり安易に考えていたと反省しています。」

「適当なパッケージソフト、もちろん「適当」なとは、いい加減なという意味ではありませんが、パッケージを導入しちょっとカスタマイズすれば良いと思っていました。しかし、マネジメントから提示された課題を見る限り、そう簡単にいきそうもないですね。」

「課題を提示してもらったことは有難いのですが、その効果が確信できているわけではないのが悩ましいところです。」

「社長、森山さんからお聞きした話では、まずはマネジメントから課題を提示してもらい、その必要性、実現可能性について現場の意見を求める、その上でシステム化の目標・範囲を決定するということでした。」

「もちろん、最終決定は社長にお願いすることになりますが、そのために私がすべてのインタビューに同席し客観的に判断できる材料をまとめることになっています。」

 池田が、高岡と高橋を交互に見ながら珍しくきつい口調で言った。

「そう・・・でしたね。課題の多さにちょっと慌てたようです。森山さんから計画策定に3か月かかると聞いた時は、何でそんなにかかるのかと疑問を持ちましたが、課題の量によっては少ないぐらいですね。池田さん、指摘していただきありがとうございます。」

池田は、高岡が計画策定のプロセス・趣旨を充分理解していないことに驚いた。しかし、社長はシステムのリニューアルだけを考えているわけではなく、他に考えることや、しなければいけないことをたくさんかかえている。それ故、判断を誤る場合もあるのはやむを得ないと思う。

自分は、社長室長として当たり前のことだが、社長が正しい判断ができるように高岡を補佐しなければいけないと改めて決意した。社長は決してスーパーマンではない。

森山達は翌日から現場責任者のインタビューを開始した。池田もすべてのインタビューに同席した。インタビューを通じて、マネジメントと現場の意識が一致している部門と乖離している部門があると池田は感じた。彼は、田部のインタビューについて回想した。

今年の冬は寒い日が続いたせいか桜の開花が遅かった。四月の初めだというのに横浜工場の桜はつぼみも膨らんでいなかった。工場の事務所に向う間、池田は冷たい風に何度となく身震いをした。

その日のインタビュー対象者は生産管理課長の田部だった。田部は横浜工場だけではなく埼玉工場の生産管理も担当しており、部下達からの信頼も厚かった。

「安田専務も渡辺工場長も生産計画の変更回数の削減が課題だとおっしゃっていたのですね。」

「確かにそれは課題ですが、私はもっと大きな課題があると考えています。」

「生産計画が変わることにより段取変えの手間が増え、コストが増加します。」

「しかし計画の変更の原因は顧客の都合によることが多く、ある程度やむを得ないことだと思います。さらにそれに対応できることが弊社の強みになると考えます。もちろん私も若いころは営業に対して憤ったこともありました。しかし生産現場はそれが顧客のためになることであれば、対応できるようにするのが仕事です。もちろんビジネスなので適切な追加費用を回収することも考慮する必要がありますが・・・。」

「現在、研究開発部門と段取替えの効率化、部品の標準化等の検討を進めています。」

 「それは田部さんの言われる通りだと思います。私の経験からも納入予定の精度について製造と営業が対立している企業も多くありました、一方、少数ですが製造と営業が協力してどのように顧客ニーズに対応できるようにするかを考えている企業もありました。」

 森山が、言葉をはさんだ。

「ただ、田部さん納品予定の精度はすべての製品に同じレベルで要求されるものではないのではないですか?」

森山の言葉に田部は即座に反応した。

「おっしゃる通りです。ある製品については生産計画が変更されることにより生産効率に多大な影響を与えますが、別な製品いついてはそれほど影響を与えない場合もあります。」

「今回のシステムリニューアルに関しては、影響の大きい製品に絞って営業に情報を提供するという考え方もあるのではないでしょうか?」

森山と田部のディスカッションは、その後延々と続いた。

池田は、必死になってディスカッションの内容をフォローしていた。

8章 完  高石 貢(著)

9 -計画倒れ?-  417日頃 アップの予定です。