推定無駄骨の試み。


不図した瞬間に不意に頭に浮かぶ言葉や思考に、

ふと我に返ると意外な程の時間を費やしてしまう事がある。





まいど、マキシです。




不意に訪れては己の思考時間を占有する、

そんな不図した物事、

得てして多い奇妙な反語やらパラドクスやら格言やらを、

特にカテゴライズに拘る事無く、

というか囚われる事なく、

とにかく思いつくままに羅列する事で、

思考時間を意図的に排除できないかのテスト。



・新規の投稿と無投稿との禁止

(しんきのとうこうとむとうこうとのきんし)


・この世界は不平等に不平等が分け与えられている


・無条件が条件だ


・自己中心的な左翼と右翼


・戦局を左右する中立派


・どうして杉を「ハナミズキ」と名付けなかったのでしょう。


・みんなの歌には著作権がある


・初めの日、神は「光あれ」と言った。光速は不変となった。

 二日目、神はエネルギー保存則を創った。

 三日目、神は重力定数を定めた。

 四日目、神はプランク定数を定め、排他律を創った。

 五日目、神は物質と反物質を分け、クォークに色を塗った。

 六日目、神はエントロピーの増大を開始した。こうして宇宙は開闢した。

 七日目、神は休んだ。以来、億年間休みっぱなしである。


・ひきこもりの人って本当にいるのか?全くみかけないが。


・世論調査が信用できるかどうかについて世論調査すべきではないか。

 だが世論調査によって「世論調査は信用できない」という結果は信用して良いものか。

 世論調査により世論調査が信用出来ないのならば、その世論は世論ではない。

 然るに世論調査はハナから信用できるものであると信用しなければならないのか。


・友人のN君は同じ事を繰り返して言う癖がある。

 私は同じ事を聞いたり言ったりするのは大嫌いなので、

 「同じ事を言うのはやめろ。」と言う。

 N君は一端はやめるが、また話が堂々巡りをして同じ話をしだす。

 私は「同じ事を言うのはやめろ。」と言う。

 ところがまたしばらくすると同じ事になる。

 私は、「同じ事を言うのはやめろ。」と、同じ事を何度も言う羽目になる。


・気配を消そうとしている気配がする事がある。

 その際は気配を消そうと気配りをする気配を消す気配りが足りない。



・・・不意に消費してしまう思考時間を排除する為に、

その思考要素を意図的に書き出す事で思考そのものを先送りに出来ないか、

意図せずして脳内を占拠してしまうこれらの思考を放棄できないものか、

ただのそんな試みです。


もしもその場で書き出せる状況に無ければ、

これらを書き出す為にも忘れない内に携帯にメモっておいてはどうか。

いや、それが出来るなら既に目的は果たしているのだろうか。

つまり、思考要素を携帯にメモる行為は思考する事と相似なのではないか。

また、逆に言えばそうする事自体が既に、

思考要素に囚われ思考時間を費やしている事になるのではないか。


・・・こんな事を考え出してしまう時点で、

無駄な思考の放棄どころか新たな無駄な思考を生んでる気がしないでもない。

という事は結局、余計な思考の放棄など不可能なのだろうか。

この努力や試みは無駄な思考の放棄にはなり得ないのだろうか。


うん、ふと気付けば延々と考えてしまっているから、

結局は無限ループになる事もやぶさかではない。