交通量が少なく車を走らせていてもまったく信号機に出会わないような田舎の道沿いに、ポツンと建つ1軒のカフェ。客のほとんどは近所の住民で、しかも年寄りが圧倒的に多いその店に俺が通うようになってどれくらい経つだろうか。
過疎化が進んでいそうなその地域では俺のことを知っている若者自体少ないようで、頻繁に通っているにもかかわらず、誰も自慢話のような目撃情報をネットにあげることはなかった。
コーヒーを飲んでいてもキャーキャーと耳障りな声を聞くこともなく、店内中の視線を集めることもない生活は精神衛生上とてもいい。
しかし外出先を変えた途端、平和な日々は終わってしまった。
「ヒョン、どこが悪いの」
事務所へ入った途端、今にも泣きそうな、いやすでにうっすらと目に涙を浮かべているジェルミが興奮しながら駆け寄ってきた。
「深刻な病気じゃないよね、最近仕事減ってたのはそのせいなんだろ。ごめん、俺、全然気づかなくて・・・てっきりいつものワガママで仕事してないのかと思ってた。そりゃ俺なんかじゃ全然頼りにならないと思うけど、でも黙ってるなんて水くさいじゃないか。俺たち同じバンドのメンバーだろ」
俺は犬のようにつきまとうジェルミをあしらいながらエレベーターに乗った。
「いきなり何のことだか判らないが、いくつか訂正しておく。まず、仕事は減ったんじゃない、露出を抑えてるだけだ。それと、俺はワガママではない、自分の信念に基づく主張を曲げないだけだ。あと、俺は至って健康でどこも悪くない。悪いのはジェルミの頭か?いったいどうしたら俺が病気だなんて話が出てくるんだ」
「だって毎日病院に通ってるんだろ。ネットじゃ見かけたって情報でいっぱいだよ」
「何?」
俺が眉間にしわを寄せながらエレベーターから降りると、今度は社長が焦った足取りで近寄ってきた。
「おいテギョン、ファン・テギョンは何の病気なのかと記者がうるさく聞いてくるんだが、本当にどこか悪いのか?暗い顔で病院から出て来るのを見たって言ってたぞ。アレルギーは知ってるが、それ以外にも何かあるのか?」
なるほど、病院の駐車場に車を停めてるのを見られていたのか。俺はただミニョを待っていただけだったが、どこか悪くて病院へ通ってると思われたわけだ。結局未だにミニョには会えず、車から一歩も降りてないのに。
「病院へは行きましたがそれはただ用があって行っただけで、診察を受けているわけではありません。表情が暗く見えたのはたぶん機嫌が悪かったからでしょう」
会えない上に電話にも出ないミニョ。俺を避けているのかと腹が立つ。
そしてジェルミには病人扱いまでされ・・・
ムッとしながらも俺は丁寧に社長に答えた。
俺の返事に安心したのか、社長は「そうか」と俺の肩をバンバンと叩き去って行く。その社長と入れ替わるように俺に近づいてきたのはシヌだった。
「シヌヒョン、テギョンヒョン病気じゃないって。用があって病院に行ってただけなんだって」
ネットに載ってたとジェルミが騒ぎ、事務所に電話までかかってくるんだから、シヌの耳にも入ってるよな。当然病院の名前も。
「へえ・・・何の用だろな」
数日前、ミニョがいるんじゃないかと合宿所へやって来たシヌ。帰り際の表情と、今目の前で俺を見るその表情は同じで、冷めた目で俺を見ている。
「シヌ・・・話があるんだが」
「その話ってきっとここじゃない方がいいよな」
病気じゃなくてよかったと無邪気に喜ぶジェルミに視線を遣ると、俺たちは静かに話ができる場所へ移動した。
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