俺は焦った、本当に焦ったんだ。それなのにこいつはただ眠ってるだけ。
倒れてるんじゃなさそうなのはよかったが、眠れない俺とは対照的に、平和な顔でのほほんと寝ているミニョを見て、何だか無性に腹が立った。
起こすつもりで尻を蹴飛ばしたが、「う~ん・・・」と身体をもぞもぞ動かすだけで、起きる気配のないミニョ。
「ふんっ」
俺はピアノの前に座ると鍵盤を叩いて大きな不協和音をガンガン鳴らした。
今まで静かだった部屋に不快な音が充満する。耳障りな音はようやくその耳に届いたのか、のそのそピアノの下からミニョが這い出てきた。
「やっと起きたか」
「もう、テギョンさん、何なんですか」
「せっかく部屋を貸してやったのに、何でこんなとこで寝てるんだ」
頭の中はまだ寝てるのか、ぼーっとした顔でうるさい音を遮るように、ミニョは両耳を手のひらでふさいでいる。
「まさか俺が夜這いにでもくると思って、ここへ避難してたんじゃないだろうな」
「そんな・・・」
・・・まあ、多少そんな気が起きなかったこともないが。
「見損なうな、俺はそんなことしない」
もちろんミニョが望むなら、積極的にしてたと思うが・・・
心の中で思ってることを俺は微塵も顔に出さず、心外だなと口元を歪めた。
「違います、そんなこと考えてません。店長のことが心配でなかなか眠れなくて・・・で、うろうろしてたらここに・・・」
「ふん、寝れないというわりにはぐっすりだったぞ」
「それは、その、ここにいたら、いつの間にか・・・」
ミニョのことが気になって眠れない俺と、仕事の雇い主のことが心配で眠れないミニョ。
眠れないというのは2人とも同じなのに、この差は何なんだ。
まあ店での様子を見ていれば、ミニョが店長にずいぶん可愛がられてるのは判るし、ミニョのすぐ横で倒れてるんだから心配する気持ちも判る。判るが、やっぱり夜ひとつ屋根の下に2人きりでいるんだから少しは俺のことも意識しろよと、俺は心の中で声を大にする。
あくまでも心の中で。
視線を泳がせ、ごにょごにょと口ごもり、段々顔を俯けていくミニョ。完全に下を向くかと思ったら、不意に思い立ったようにがばっと一気に顔を上げた。
「テ、テギョンさんこそ、どうしてここにいるんですか、夜中なのに」
「俺は・・・」
今度は俺の方が口ごもる番。
お前のことが気になって眠れないんだ。
と言ったら、ミニョは俺のことを意識するだろうか。ここにはいないシヌよりも、目の前にいる俺のことをその心の中にとどめるだろうか。
一気に押し倒してしまえば俺のものになるだろうか・・・
「水を飲みに下りてきたら、ここの電気が見えて・・・泥棒でも入ったのかと思って覘いただけだ」
俺は頭に浮かんだすべてのことを飲みこんで自分の部屋へ行こうとした。しかしその俺をなぜかミニョは引き止めた。
「ちょっと待ってください。もうちょっとお話し・・・しませんか」
ミニョが俺のシャツを掴む。
寝てるところを起こされ目が冴えてしまい、暇つぶしに会話でもしようと言ってるんだろうか。それとも・・・・・・
俺の心が騒ぎ出す。
せっかく飲みこんだものがざわざわと逆流するような感覚。シャツを掴んでいたミニョの手が俺の身体に触れ、意識がそこへ集中する。
「・・・お前が悪い・・・・・・」
ああしようとかこうしようとか何か考えていたわけではない。自慢じゃないが今の俺にそんな心の余裕はない。
ただ、引き止めた方が悪いんだと責任を押し付け、俺はミニョを抱きしめると唇をふさいだ。
柔らかなそれを数度食む。触れているだけで気持ちよくて全身が熱くなっていくのを感じたが、意外なことに俺の頭は冷静で、その熱に支配されることはなかった。
ミニョは俺のキスに応じることなく、ただ身体を硬くして立っているだけ。
「話はできない・・・俺は寝る」
ぐっと奥歯を噛み感情を抑えこむように拳を握ると、俺はその場から去った。
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