寂れた街の目立たないバーで、いつもの席に座った俺はゆっくりとグラスを傾けた。濁った俺の心とは正反対に、透き通った丸い氷。覗き込めばその中に答えが見つかるような気がして、溶けていく様子をじっと眺めていた。
結局、俺は何がしたかったんだろう。
あの夜、途中でミニョのことが頭に浮かび、あいつもこんな風にシヌに抱かれているのかと思うと、胸をえぐられるような気持ちがした。やり場のない思いをぶつけるようにアヨンの身体にひと時の快楽を求めたが、後に残ったのは虚しさだけ。
俺はただ憂さ晴らしをしたかっただけなのか・・・
「後悔してる?」
そこへタイミングよく俺の心を言い当てるアヨンの声。
今日は呼ばなくていいとマスターには言ったのに。
「初めてよね、女が原因で抱くなんて。で、我に返ってどうしてあんなことを・・・って?」
心の内を見透かされた言葉に俺は何も言い返せない。
「そんなに好きだったの?ミニョっていう娘のことが。ちょっと妬けちゃうな」
どうしてそんなに俺の心が判るんだろうと不思議に思・・・って、ちょっと待て。
「どうして名前まで・・・」
俺はアヨンの前でミニョの名前を口にした憶えはないのに。
「前に会った時、酔っぱらって言ってたじゃない。ミニョを傷つけたのは俺だーとか、どうしてシヌなんだーとか」
俺は酔ってそんなことを口走ってたのか。他にもいろいろしゃべったかも・・・
テーブルに片肘をつくと、俺は手のひらで頭を抱えた。
「みっともないな」
「そう?愚痴ならもっと前に、いーっぱい聞かされたけど」
何でもないことのように言い、アヨンはオレンジ色のグラスに口をつけた。
何を話してもやんわり受け止め、さらっと流してくれる。決して深入りせず、それでいていつも俺の心を軽くする言葉をくれるアヨン。
いくら酔っていたからとはいえ、そんな彼女だからこそ俺はミニョの話をしたんだろう。
「シヌはメンバーの中じゃ何考えてるか1番判らないヤツだし、今まであいつがつき合ったのはもっと派手な女ばかりだったから、まさか同じ女を好きになるとは思いもしなかった」
「そうね、それにタイプじゃなかったとしても何がきっかけで好きになるかなんて、誰にも判んないし」
確かにそうだ、それは俺が1番驚いている。
面倒なことは御免だとかかわりたくなかったのに、いつの間にか気になるようになり、視界の端にいないと落ち着かなくなり。他の男と楽しそうにしていれば苛立ち、気がつけばあいつのことで頭の中がいっぱいになっていた。
「テギョンのことだからどうせ外じゃ無理して平気な顔してるんだろうけど・・・こんなにダメージ受けてるって知ったら、シヌは喜ぶでしょうね」
「どういう意味だ」
ミニョを手に入れたことが嬉しいというなら判るが、俺がダメージを受けてることが嬉しいというのは・・・
「シヌってテギョンに対してすごいライバル意識持ってたの。ていうか嫉妬かな。音楽の才能とか人気とかいろいろ。表には出さないけどね、いつか絶対テギョンに勝つって言ってたってチヒョンから聞いたことがある。あ、チヒョンって憶えてる?シヌの相手してた娘。ずいぶん前に聞いた話だから今は判んないけど、もしあの時のままだったら・・・その娘を手に入れたことで、テギョンに勝ったって思ってるんじゃないかなって」
「俺に勝つ・・・か」
アヨンの話に耳を傾けていた俺は、沖縄の教会でミニョを腕の中に収め、静かに俺を見ていたシヌの姿を思い出した。
宜しければ1クリックお願いします
更新の励みになります
↓