撮影は順調に進んだ。俺の演技はなかなかいいらしい。
それは監督の俺に対する期待が初めはかなり低かったから、意外にも悪くない俺の演技がそう見えたのかも知れない。
いや、それは違うな。俺はドラマに集中するために、ミニョへの電話もやめたんだ。いわば”ミニョ断ち”という犠牲を払って・・・
これも違うか。これじゃあ願掛け・・・神頼みみたいだ。俺は自分の実力で監督からの高評価を得たんだから。
初めてのドラマ出演。しかもいきなり主役というプレッシャーはとてつもなく大きく、とにかく演技に集中したかった俺は一時的にミニョとの連絡を絶った。
ミニョの勘違いから全て撮り終えるまで電話しないと心に誓ったが、ことあるごとにミニョのことが頭に浮かぶ。
引き出しに手が伸びる。
プライベート用の携帯はこの奥にしまったまま。
撮影はあと少しで終わる。
・・・俺はそのまま手を引っ込めた。
ミニョに電話しないと決めたのは正解だったのかそれとも不正解だったのか。
話ができない分、余計に声が聞きたくてあいつのことが気になって。でも声を聞けば今度は会いたくて仕事どころじゃなかったかも知れない。
だからたぶん正解だったんだろうと俺は思うことにした。
ドラマの撮影が終わった。拍手とともに受け取った花束を俺は息を止めたままマ室長へと渡した。そして早く帰ろうとスタジオを後にしようとしたが、もたついているマ室長のおかげで監督に捕まった。
「呑みに行くぞ!」
メンバーは日本ロケの時と同じ。悪夢がよみがえる。
あの日、共演者である酔いつぶれた女優を押しつけられた俺は、さんざんな目に遭った。
タクシーに乗ったとこまではまだいい。じっとしててもホテルまでは連れてってくれる。問題はその後だった。
まずぐったりとした女を車から降ろすのに一苦労。その上途中で少しだけ意識が戻った女は、「きゃっ、やだ、やめて、近づかないで。誰か・・・助けて」と、その日に撮影した台詞を口にし、俺を見て暴れ出すという、とんでもないことをしてくれた。
韓国語の判らない日本人でも目の前の状況は、嫌がる女を男が無理矢理連れ込むという光景に見えただろう。
「ち、ちがいます、俺たちは、はいゆうで、今のは、せりふで・・・」
今にも警察に通報しそうな目で見ている日本人に、俺は焦りながら日本語で説明した。しかしあまりにも慌てたため、ちゃんとした日本語になっていたかはいまいち自信がない。
その後も大変だった。
女の部屋が判らない俺はその辺に放り出すわけにもいかず、仕方なく自分の部屋へと連れて行く。そして目が覚めた時に妙な誤解をされないようにとソファーへ転がし、俺はベッドで寝た。
翌朝目覚めた女はそこが自分の部屋ではなく俺の部屋だと判ると、「またやっちゃった、ごめんね」と明るく笑った。どうやらよくあることらしい。今日のようにソファーで起きることもあれば、ベッドで寝ている男の横で起きることもあると言った。
俺はこの女とつき合っているという男が可哀想に思えてきた。もし会う機会があればぜひその男に助言してやりたい。「別れた方がいい」と。
その上いつの間にかホテルでの写真を撮られていたらしく、韓国に帰ってくれば空港で待ち構えていた記者に、「お2人はいつからそういった関係に・・・」と誤解たっぷりの目で質問責めにされた。
そんなわけで俺はこの女優と酒の席を共にするのは避けたかったのだが、監督の誘いを断りきれず、また呑みに行くことになってしまった。
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