ヘジンがモデルの仕事を始めて何年か経った頃、他のモデル仲間と共にトーク番組に出た。そしてその番組にはゲストとしてA.N.JELLも。
ヘジンはシヌのファンだったが、その番組がきっかけでシヌよりもテギョンに惹かれた。そして先日のCM撮影でその想いは更に強くなった。
「あの、私、どこかヘンですか?」
「いや、別に、どこもおかしくないが。」
カメラの回っていない時にやたらと目が合い、思わず聞いた。休憩中にはヘジンから話しかけるだけでなく、テギョンからも話しかけてくる。その後も何度も視線がぶつかり、余計に気になってしまった。
テギョンの様子を窺うように見ていると、スタイリストと楽しげに話している。会話の内容までは判らないが、その時の表情が心に強く残った。
少し意地悪な顔。そして赤くなったと思ったら、不機嫌そうにムッと口を歪め。
ころころと変わる表情に目が離せなくなり・・・
「いつの間にかずっとテギョンさんのこと見てた。」
ヘジンは撮影での出来事を話し、ため息をついた。
「でもヘジン、テギョンさんは・・・」
「判ってる、ちゃんと判ってる。結婚してるって、奥さんがいるって、でも・・・・・・」
その後の言葉をオレンジ色のカクテルと共に流し込み、苦しげに熱い息を吐くと想いを振り払うように頭を振った。
「ごめ~ん、こんな話されても困るよね。誰にも言えなくていっぱいいっぱいだったから、ミニョに話せてちょ~っとすっきりした。酔っ払いのたわごとだと思って~」
クスクスと小さく笑いながら、ヘジンはやけ酒をあおるように新たなグラスを空にした。
「・・・ヘジン・・・」
「ああもう、そんな顔しないで、大丈夫、ちゃんとあきらめるから。テギョンさんて奥さんのことすごく大切にしてるって聞くし・・・きっと素敵な人なんだろうなぁ。あ、でもCMまだ残ってるし、恋人っていう設定だから、それが終わるまでは夢見られるかな。」
ゆらゆらと揺れながらわざと明るく笑うヘジンを見ていると、何だかいたたまれない気持ちになってくる。
ミニョとテギョンの関係を知っていたとしても結果は変わらなかったかも知れない。でもだからといって、このまま黙ってもいられない。
どうしようかとしばらく悩んでいたが、ミニョは意を決すると大きく息を吸った。
「あ、あのね、ヘジン、聞いて。テギョンさんが結婚した相手って・・・・・・・・・私なの。」
隣に座るヘジンの顔が見られなくて、ミニョはテーブルの上に置いた自分の手をじっと見つめる。左手の薬指に光るのはテギョンとの絆。
「信じらんないかも知れないけど・・・自分でも夢じゃないかって思う時あるけど・・・私、ファン・テギョンさんと、結婚したの・・・」
どんな反応があるか、どんな返事が返ってくるのか。
ミニョは固唾を飲むと視線を自分の手から少しだけ隣へ向けた。
ヘジンは空のグラスを手にしたまま何も言わず俯いている。
そのまま沈黙が数秒。
「・・・ヘジン?」
ミニョが視線だけでなく顔を向けると、ヘジンの身体がぐらりと揺れ・・・
「え?ヘジン、大丈夫!?」
崩れるようにカウンターテーブルに突っ伏したヘジンからは、スースーとアルコール臭い寝息が漏れていた。
「ミニョ、今日は早く終わった、外で食べよう。」
ヘジンとバーで会った数日後、いつもは帰りの遅いテギョンから電話があり、待ち合わせをしてミニョは出かけて行った。
店の個室で、久しぶりの外食に喜ぶミニョの顔を見たかったテギョンは予想に反して浮かない顔のミニョに眉を曇らす。
「この店、気に入らないのか?」
「え?どうしてですか?」
「嬉しそうじゃないから。」
店が気に入らない訳でもテギョンとの外食がつまらない訳でもない。ただヘジンのことが気になっているだけ。
結局あの日ヘジンはミニョの告白を聞く前に眠ってしまったらしい。早くテギョンとのことを話した方がいいとは思っても、彼女も忙しいらしく、なかなか連絡が取れない。
「オッパ、沖縄は一泊ですよね。」
「ああ。」
「ヘジンも・・・一緒なんですよね。」
「何だ、そのことを気にしてるのか。この前はCMが楽しみだと言ってたのに。ははん・・・さては焼きもちか?心配するな、確かに俺もヘジンは美人だと思うがそれだけだ。相手役以上の感情はない。」
憂鬱そうなミニョの顔をそう解釈したテギョンは、どこか嬉しそうに口の端に笑みをのせた。
仕事を終えたヘジンはマネージャーの運転する車で帰宅する途中だった。
「あれ、テギョンさんじゃないか?」
心地いい揺れに身を任せ、うとうととしていた彼女はマネージャーの声でパチリと目を開ける。信号待ちで止まった車窓からマネージャーが見ている方向へ視線を遣れば、店の入り口に立っている男性が見えた。
眼鏡をかけ、そこにいたのは確かにテギョンで、その姿を見ただけでヘジンの鼓動はドキドキと速くなる。しかし店から出てきた女性と寄り添うように歩いて行くのを見て、その心臓は驚きで止まりそうになった。
「え?・・・・・・ミニョ・・・?」
楽しげに笑い合う二人を見てヘジンの頭は混乱する。
家に帰っても車の中から見た光景が頭から離れず、うろうろと部屋の中を歩き回り、コクンと唾をのみ込むと携帯を手にした。
「私さっき・・・ミニョがテギョンさんと歩いてるとこ、見たんだけど。」
確かにミニョだと思った。でも心のどこかで他人の空似かもしれないと淡い期待を抱いていたのに・・・
『あ、あの、ヘジン、聞いて、私・・・』
ミニョの口から語られる話を最後まで聞いていられず、ヘジンは電話を切った。
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