ミニョは養護施設で子供たちの世話をしながら時々各地の聖堂へ行って歌を歌っている。半月ほど前にはミニョの育った場所でもある中山聖堂へ行った。
そして今日は明洞聖堂で歌う日。ここではいつもは外の広場で歌うのだがあいにくの雨で場所を聖堂内に変更して歌うことになった。
広い聖堂内は天井も高くミニョの声もよく響き、厳かな静けさで包まれた空間を優しい声で満たしていく。
天井から吊るされた温かみのある灯りと窓には色鮮やかなステンドグラス。壁に施された繊細な彫刻に囲まれて歌うミニョは、この場所で歌うことのできる喜びを全身に溢れさせていた。
地方の聖堂でもそうだが、ここでも歌い終わったミニョに親しげに話しかけてくれる人が何人もいる。今日もその人たちとの会話を楽しんだ後、聖堂を出ようとした時、後ろから声をかけられた。
振り向いたその先には黒っぽい鞄を左手に提げた見知らぬ中年男性が。
「私はボランティア協会の者ですが・・・」
その男性はミニョの顔を見てわずかに笑顔を作ると、持っていた鞄から一枚の紙を取り出した。
そこにはその協会が行っている活動内容などが書かれていた。
「私たちは養護施設で暮らす子供たちの為に、毎年チャリティーイベントを行い寄付を集めています。来年はクラシックコンサートを開催する予定になっていて、ピアノやバイオリンなどプロで活躍中の方や、有名なコンクールの入賞者に出演を依頼してあり、それぞれ何曲か演奏してもらって・・・」
ミニョは受け取った紙を見ながらふむふむと話を聞いていた。
男性の話は開催日や会場となるホールの説明など、そのチャリティーイベントに関することばかり。
大きなイベントのようで、人手不足で手伝って欲しいという話なのかと思い聞いていたのだが・・・
「そこで歌ってもらえませんか?」
男性の言葉をそのままスルーしかけたミニョだったが、ワンテンポ置いた後、ん?と今の言葉を頭の中で反すうし、その意味を理解すると見ていた紙からがばっと顔を上げた。
「あの、それってどういう・・・」
大がかりなチャリティーイベントのコンサート。プロやコンクールで入賞するほどの奏者に出演を依頼するというのは判る。しかしなぜそこで自分に声がかかるのかと、ミニョは首を傾げた。自分は好きだから聖堂で歌っているだけで、コンクールなど出たこともない。
「各地の聖堂で歌ってますよね。そこでの評判を聞いてお願いに来ました。」
返事は急がないという男性は、用件はこれだけですと言わんばかりに事務的な笑顔を浮かべ、困惑した表情のミニョをその場に残し、聖堂から去って行った。
「で、ミニョはどうしたいんだ?」
その日の夜、台本を読んでいたテギョンに昼間のことを話したミニョはそう聞かれ、顔を俯けた。
「・・・よく判りません。私は聖堂でしか歌ったことないし、他の人はコンクールにも出てて・・・」
ソファーに座り、どうして私なんかのところにこんな話がきたのかとミニョはテジトッキの顔を見ながらため息をついた。
「俺が聞いてるのはお前が歌いたいのか、歌いたくないのか、だ。」
会場は歴史のある立派なコンサートホール。
他の出演予定者たちの立派な経歴。
― 場違い ―
何だかそんな言葉がぴったりのような気がする。でも歌いたくないのか、と聞かれたら・・・
「私は・・・・・・歌い、たい・・・です。」
途切れながらもその言葉に力がこもる。
膝の上にちょこんと座るテジトッキをぎゅっと抱きしめ、テギョンを見上げた。
イギリスで見たカトリーヌのステージ。
今でも鮮明に憶えている。
耳に残る歌声は、光を浴びたステンドグラスのように色彩豊かに透き通って響き、その表情は雪どけの春の陽射しのように暖かく、湖にはった氷のようにきらきらと輝いて。
いつか自分もあんな風に歌えたら・・・
そんな思いが心の奥底に芽生えた。
もしもあの時イギリスへ一緒に行かなかったら・・・カトリーヌのステージを見ていなかったら、こんなにはっきりとは口にしなかった歌いたいという思い。
少しでも彼女に近づきたい。
「ならそう返事をすればいい、あれこれ考える必要はない。」
「でも、あの・・・」
「歌って欲しいと言われ、お前は歌いたいと思った。迷う理由がどこにある?」
「えっと・・・何かあったんですか?」
「何でだ?」
「オッパがすぐに賛成してくれるなんて・・・」
何となく「やめておけ」と言われると思っていたミニョは、あまりにもあっさりとしたテギョンの言葉に驚いた。そして続く言葉に更に驚く。
「反対はしない、そのかわり・・・伴奏は俺がやるからな。」
「えっ!?」
「オケをバックに歌う訳じゃないんだろ。お前が歌う時は俺がピアノを弾く。」
当然だという顔を見せるテギョン。
「コンサートは来年だったな。俺はしばらくドラマで忙しいから、その間、一人でしっかり練習しておけよ。」
そう言うと驚きで固まっているミニョの顔にフッと笑みを漏らし、テギョンは手にしていた台本を再び開いた。
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