白衣から伸びた長い脚がゆったりと組まれた。少し浅めに腰かけた椅子に身体を預け、広げた台本を見つめるテギョンの目は真剣で、時折たらりと垂れ下がった前髪をうっとうしそうに掻き上げる姿はそれだけで絵になった。
「なあテギョン、どうしてドラマのオファー受けたんだ?いつも嫌がってるのに。」
「前にも言っただろ、直接監督に声をかけられたって。俺はあの人に昔ずいぶん世話になったから断りきれなかったんだ。」
何度も同じことを言わせるなと、テギョンはマ室長へ顔を向けた。
ドラマ用にかけた細身の眼鏡の奥にある目が鋭く光ると、少し離れた場所にいた若い女性エキストラは、キャーッと叫びそうになる口を手で押さえ、テギョンを熱い眼差しで見つめた。
マ室長にも言ったように監督からぜひやって欲しいと熱烈なオファーがあり、デビュー当時この監督に世話になったテギョンが断るに断れず受けたドラマは、アメリカから帰るとすぐに撮影が始まった。
ジャンルは医療ドラマでテギョンの役は若い外科医。
渡された台本は専門用語が多く覚えるのが大変だったが、ミナムの言った通り衣装である白衣を着ている時は不思議と台詞が頭に入った。そのため古い白衣を一着もらい、それを着ながら台本を読んでいたがこれが思いの外ミニョに好評だった。
「オッパ、カッコいいです!」
そう言って親指を立てて称賛されるのは悪い気はしない。
「そうか?」とすました顔で内心笑みを浮かべたテギョンはそれ以来、家で白衣を着て台詞を覚えていた。
その日の撮影は終わり、台本を鞄へ入れるテギョンをマ室長が目を細めてジロリと見た。
「今日も白衣を着て台本を読むのか?」
「ああ。」
白衣を着ると台詞が頭に入りやすいと聞いていたが、今一つ信じられない。じゃあ何の為に家で着るんだとマ室長は疑惑でいっぱいの目を細くする。あれかこれかといろいろ考え、もしかして・・・とマ室長の頭に妄想が広がった。
『さあ、ミニョ、服を脱いで』
白衣を着たテギョンがソファーに座り、隣にいるミニョににじり寄る。
『こんな明るいとこじゃ、恥ずかしいです』
テギョンに迫られ顔を俯けるミニョ。
『何を言ってるんだ、今の俺は医者だ。この恰好を見れば判るだろ』
『でも・・・』
『これも演技の為だ、協力してくれ』
そう言ってテギョンはミニョの服を脱がせ・・・
「テギョン、手つきがいやらしいな。」
「はあ?」
マ室長の頭の中では白衣を着たテギョンが医者になりきり、触診だと言って服を脱がせたミニョの身体を触っていた。
「でも判るぞ、お医者さんごっこは男のロマンだ!」
ぐっと胸の前で拳を握るマ室長は、医者の役だからやる気になったのかと大きく頷く。
「はっ、もしかして聴診器とか小道具も準備してるんじゃあ・・・」
「一体何を言ってるんだ?」
「まあまあ、とぼけなくていいって、みんなには黙っててやるから。天下のファン・テギョンが家で夜な夜な奥さん相手にお医者さんごっこしてるなんてバレたら、大変だからな。」
飲んでいた水にむせ返り、ゴホゴホとテギョンが咳をする。そしてニヤニヤと品のない笑いを浮かべるマ室長に、その理解し難い頭の中を見てみたいと思った時、あきらかにマ室長の話を聞いていたと思われる驚きの声が後ろから降ってきた。
「テギョンさんて、そういう趣味があったんですか!」
そこに立っていたのは共演者の女優。その顔には、”イケナイコトヲキイテシマッタ”とはっきり表れていて、驚く口元を手のひらで隠していた。
「どういう意味だ。」
「白衣プレイ?医療プレイ?それとも、やっぱりストレートにお医者さんごっこ?テギョンさんて、もっとストイックなイメージだったのに・・・」
「そんなことする訳ないだろ、全部この男の妄想だ!」
「なーんだ、つまんない。すごい秘密を知っちゃったって、ちょっとドキドキしてたのに。」
クスクスと女優が笑う。
「そうだ、今度ナースの衣装、借りてあげましょうか。」
真面目な顔からの言葉だが、テギョンをからかっているのはあきらかで、一度結んだ口からすぐに笑いが漏れだしている。
「変なこと言わないでくれ、妙な妄想をするヤツがそこにいるから。」
テギョンがクイッと顎を向ける。
その先にいるマ室長の頭には、早速ナース服を着たミニョの姿が加わり、妄想の世界を広げていた。
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