私って運が悪いんだろうか・・・
今は一人で月を眺めていたい、そう思ってたのに・・・
カタンという小さな音に振り向けば、壁にもたれていた人影がゆらりと揺れた。一瞬雲に隠れた月が再び姿を現すと、月明かりの下、ゆっくりと近づいてきたその人は私の隣に並んだ。
どうしてここにいるんだろう?
たぶん今、私が一番顔を合わせたくない人。
テギョンさん・・・
「どうしてここにいるんだ?一人で月を眺めようと思ったのに」
私と同じこと考えてる・・・
目を細めて私に近づけている顔は口元を歪ませているのに、どことなく楽しげな表情に見えるのは私の気のせい?
「そ、それは私の台詞です。私も一人で月を見ようと思ったんです。テギョンさんはいつからあそこにいたんですか?あんな暗いとこにこっそり隠れてるなんて、びっくりするじゃないですか」
私の顔を覗き込むように近づいてくるテギョンさんから離れるように、ちょっとのけぞってそう答えた。
「はあ?俺の方が先にここにいたのに、後から来たお前が勝手に電気を消したんじゃないか。それをこっそり隠れてだなんて、ずいぶんな言いぐさだな」
フンッと口元を歪ませるテギョンさんに何も言い返すことができない私は、小さく首をすくめて「すみません・・・」と謝るしかない。
「じゃあ私は部屋に戻ります」
「はあ?今来たばかりだろ」
「でもテギョンさん、一人で月が見たいって・・・」
「構わないから・・・ここにいろ」
ペコリとおじぎをし、その場から離れようとした私をテギョンさんが引き止め、自分の隣を指さす。
『ここにいろ』
その言葉が今の私にとってどんなに嬉しいか、そしてどんなに苦しいか、テギョンさんには判りませんよね・・・
新聞であの記事を見てから心が痛くて頭の中がもやもやしていた理由が、シヌさんの言葉で判った。
私はテギョンさんが好き。
でもテギョンさんには恋人がいる。コンサート会場で、皆の前で告白するくらい好きな人が。
私の想いはテギョンさんには迷惑なだけ・・・
気づいたばかりなんだから、きっと今なら諦められる。なるべく会わないようにして、なるべく話さないようにして、なるべく見ないようにして、距離をとっていれば、きっと、すぐにこんな感情、忘れられる。
そう思ってたのに・・・
嬉しそうに月を眺めている横顔から目が離せない。
ダメだって頭は言ってるのに、心が、身体が、いうことをきいてくれない。その姿を目で追ってしまう。
テギョンさんがわずかに口の端を上げたのが見えた。フッと小さな笑い声が聞こえる。
「どうしてこう何度も・・・夜中になると、顔を合わせるんだろうな」
テギョンさんは月を見上げたままだけど、その顔には笑みが浮かんでいた。
本当にそう、こんな風に何度も夜中に二人きりで会わなければ、テギョンさんの優しさに触れなければ、こんなにも惹かれなかったかも知れない。
「こんな偶然もあるんですね」
テギョンさんは夜遅くまで仕事をして、私は夜なかなか眠れなくて。
夜中に起きている二人が部屋から出て・・・
度重なる偶然。
少し前までは何となく嬉しかった偶然が今は苦しく感じられるのは、私がテギョンさんに恋人がいるって知ったから。
「偶然なんかじゃない、偶然ていうのはせいぜい二度までだ、こういうのは必然というんだ。俺達がこうして会うのは・・・必然だ」
空を見上げていた顔が私の方に向けられる。真剣な眼差しに、私はとっさに顔を逸らした。
ドクドクと鼓動が速くなり、胸が苦しくて息が詰まりそうになる。
どうしてそんなことを言うんですか?テギョンさんには彼女がいるのに。
そんな言い方されたら、誤解しちゃうじゃないですか、せっかく諦めようと思ったのに・・・
沈んでいた心がふわふわと浮かび上がってきそうになるのを必死で抑え込んで、私はギュッと目を瞑った。
それともからかってる?手近なところに鈍くさそうな女がいるから、どんな反応するのか様子を見て楽しんでるとか?
もしかして、「ほら、ひっかかった」って口の片端を上げて笑ってるんじゃないかと思うと、掴んでいた手すりをギュッと握りしめて、おそるおそる、テギョンさんの方へ顔を向けた。
胸が痛くなった。
苦しくて、切なくて、涙が出そうになる。
手すりに肘を乗せ、身体を預けるようにして月を見上げている横顔は笑みが浮かんでいるのに、何だか寂しそうで哀しそうで、これ以上何て表現したらいいのか判らない。でも、とても私をからかっているようには見えない。
テギョンさんという人が判らない・・・てっきり私は敬遠されてると思ってたのに。
時折見せる優しさや思わせぶりな態度に、私の心は騒いでしまう。
でも一つはっきりしていることは、テギョンさんには恋人がいるということ。
私の想いは埋めなくちゃ。
気づいたばかりの恋心は、穴を掘って埋めてしまえばいい。
誰の目にも触れないように、テギョンさんに気づかれないように、暗く冷たい土の中に。
自分でも、どこに埋めたのか判らなくなるくらい、深い深い穴を掘って。
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