ドキドキと速い鼓動が治まらない。
車と接触しそうになった私の身体はシヌさんが引っ張ってくれたおかげで無事だったんだけど、車にぶつかりそうになったショックのせいか、心臓はドキドキと速いままだった。
シヌさんの胸に私の頭が押し付けられている。そこから聞こえるシヌさんの心臓もドクドクと速いリズムを刻んでいる。
きっとシヌさんもびっくりしたんだ・・・なんて考えてる精神的余裕はなかった。
シヌさんと密着してるのは頭だけじゃない。頭を押さえている手とは反対の手が私の背中に回され、ぐいっと引き寄せられている。
シヌさんの身体にぴったりとくっつく私の身体。
何だかそれは、助けるというより抱きしめられているような気がして、私はカァーッと顔が熱くなるのを感じながら、目の前の白いシャツを両手で押した。
「す、すみません、あ、ありがとうございました」
自分でもはっきりと判るくらい声が上ずっている。
「怪我大丈夫?俺慌ててたから、どっちの腕掴んだか憶えてなくて」
「あ、はい、大丈夫です」
「足の怪我は?酷くなってない?他は?」
私は左足首を軽く回してみる。
うん、ちょっとだけ痛いけど、これは病院を出た時と変わらない。新しく痛めた訳じゃない。
「えーっと、はい、大丈夫みたいです」
「はぁーっ」と大きく息を吐き、微笑むシヌさんの腕が再び私の身体をふわりと包み込んだ。
え?え!?ええ――っ!!
少しだけ落ち着きかけていた心臓が跳ね上がる。
この状況はどう考えても抱きしめられているとしか思えなくて、顔どころか身体中が熱くなって、どうしていいか判らない。
「よかった・・・」
頭の上から呟くような声が聞こえた。
その声は、どれほど私のことを心配してくれたのか、ということがひしひしと伝わってくる、そんな声だった。
部屋の中、私はベッドに寝転がると暗い天井を見つめていた。
危ないところを助けてくれたシヌさん。
あの後一瞬だけギュッと私を抱きしめたシヌさんは、腕の力を抜いて私を解放すると、「ゴメン」と照れくさそうに笑った。
温かな身体、微かな香水の匂い、はにかんだ笑顔・・・
昼間の出来事を思い出すと、なぜか心臓が穏やかじゃなくなって、なかなか眠れない。魔法の本を読んでも眠れない私は、部屋を出ると、何となく星が見たくなって屋上へ向かった。
「さむっ」
パジャマの上にカーディガンを羽織っただけの私は一歩外へ出ると、寒さに両腕で自分を抱きしめるように身体を縮こまらせた。
手すりに掴まりじいっと夜空を見上げてみるけど、思ったよりも星は見えない。それでも星が見たい私は、身体が冷えるのも構わず、その場にいた。
「今日はここか」
突然後ろから呆れたような低い声がして、私は驚きで身体をビクつかせた。
こうして夜中にテギョンさんに会うのは何度目だろう。同じ家にいても、こんな時間に他の人と顔を合わせることはないのに。
「どうしてここに?」
不思議な偶然に私は思わず聞いてみた。
「水を飲みに行こうと部屋を出たら冷気が流れてきたんだ。そこのドア、開けっ放しだっただろ」
ああ、そういえば、屋上に出るドア、閉めるの忘れてたんだ。
「何してるんだ?」
「星が見たくて来たんですけど・・・よく見えなくて・・・」
「ドアの向こうにスイッチがある、電気を消してみろ」
スイッチを押すと、明るかった屋上が闇に包まれた。空を見上げると・・・
「わぁ・・・」
満天・・・とまではいえないけど、輝く星がいくつも見える。私は食い入るように夜空を見つめた。
「テギョンさん、すごいです!たくさん見えます!きれいですね。テギョンさんは見ないんですか?きれいですよ」
せっかくきれいな星空なのに、テギョンさんはぐるりと空を一瞥しただけ。
「俺は夜盲症だからな、星は見えない、俺が夜空で見えるのは月だけ。月しか見えないのに・・・今日は雲があるんだな」
そう言ったテギョンさんの横顔は何だか辛そうで・・・見ていてなぜだか胸が締めつけられるように痛くなった。
月しか見えない・・・
前にもどこかで聞いたことがあるような気がする・・・
「今日は病院に行ったんだろ?」
テギョンさんの顔をじっと見ていた私は、突然こっちに顔を向けたテギョンさんと目が合いそうになり、慌てて正面の暗い空間に視線を移した。
「はい、シヌさんが連れてってくれました」
「シヌが?」
険しい声に私の身体は緊張する。
また何かマズいことを言ってしまったのかと、おそるおそる横を見ると、声同様険しい顔をしているテギョンさん。私はテギョンさんが怒ってしまったのかと暫く様子を窺っていたけど、次にその口から出た言葉は予想もしていなかった言葉だった。
「次は俺が連れてってやる」
「え?」
「次に病院に行く時は、俺が連れてってやる」
それっきり黙ってしまったテギョンさん。
テギョンさんはどこか一点を見据えるように暗い闇を見つめ、私はそんなテギョンさんからなぜか目が離せなかった。
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