テギョンとミニョは院長様へ挨拶をしに修道院へ向かっていた。
「はぁ~」
「またか・・・」
ミニョはここ何日か時々ボーッとしてはため息を漏らすことがある。そんなミニョの様子を見てテギョンもため息をつく。
「だって・・・ほんとに素敵だったんです。すごく感動したんです。カトリーヌさんの声すごく綺麗で、一緒に歌ったら、何か私の声まで変わっていくようで・・・」
合宿所の練習室で 『アメイジンググレイス』 を歌った時のことを思い出してはうっとりとしているミニョを見る度、テギョンは複雑な気持ちになる。
歌っているミニョは綺麗だった、楽しそうだった。
一時帰国した時には次に帰って来たらテギョンの傍にいたいと言っていたミニョ。再びアフリカへ行っている間に心が変化してきているのかもしれない・・・
ミニョには笑顔でいて欲しい。歌いたいというのならそれもいいだろう。だが自分の傍から離れて欲しくない。手放す気もない。
音楽のことなら全く引かないテギョンだが、ミニョのことになると自分を押し通すことができない部分がある。
ミニョに百点をもらった時のように、減点されたくないという思いが今でも心に残っていて、強気に出て自分の意見を押し通す時もあれば、一歩引いてミニョの気持ちを優先させる場合もあった。
「カトリーヌさんが、ミニョを見つけてきたマ室長を有能だと言っていたぞ。」
「きっかけはマ室長でも、私が今ここにこうしていられるのはオッパのおかげですよ。あの時オッパが私の声を認めて下さらなかったら、私はここにはいないと思います。」
契約書にサインをした時ミニョの声を認めたのはテギョンだ。
ミニョは運転席にいるテギョンを見つめニッコリと笑った。
修道院へ着くと二人で院長様に挨拶をし、ミニョが院長様とゆっくり話ができるようにとテギョンは先に外へ出た。
広い敷地内をまだ少しだけ痛む足をかばいながらゆっくりと歩く。
修道院へは何度か来たことはあったが、こうしてゆっくりと歩いて回ることは初めてだった。
門をくぐると庭園の中を真っ直ぐに続く石畳の道。両端にはいくつもの石像が立ち並ぶ。ミニョが掃除をしていたダビデ像もあった。
照りつける陽射しは強かったが、乾燥した空気とゆるやかに流れる風が心地よさを感じさせる。
こんなにも穏やかな気持ちで過ごすことは久しぶりだった。ミニョが傍にいるというそれだけで心が温かくなり安心できる。もう遠く離れるということなど考えられない。手放せない・・・
太陽の光を身体中に受けながら芝生の上を歩き、草の香りに包まれながらのんびりと歩いていると、この広い空間でミニョと一緒に音楽が出来たらいいだろうなと思う。
芝生を見つめ、木々を眺め、陽射しを手で遮りながら歩いていると、ふとテギョンは自分が何処にいるのか判らなくなってしまった。
「しまった、聖堂の場所が判らなくなったぞ。」
キョロキョロと辺りを見回しながら歩いていると、前方から一人の男性が歩いてくるのが見えた。
特にこれといって変装らしい恰好はしてこなかったので、ファン・テギョンだと気づかれない様とっさに顔を逸らす。そのままやり過ごそうとしたが、近くに来た男性はテギョンに声をかけた。
「あの、すいません、聖堂は何処でしょう。」
テギョンよりも少し背の高い細身の男性・・・ハン・テギョンはそう言うとニコニコと笑った。
A.N.JELLをアフリカのネットカフェでチラッと見ただけの彼は、目の前にいるのがファン・テギョンだとは気づいていない。
テギョンは自分を見ても何ら変わった様子の無い相手に、気づかれてないなとホッとため息を漏らすが、接触している時間は少しでも短い方がいいと思い、あっちの方です、と自分でも判っていない聖堂の場所を適当に教えた。
「ありがとうございます。」
ハン・テギョンは笑顔のまま教えられた方へ歩いて行った。
「オッパ、随分捜したんですよ。」
暫くその辺をうろうろと歩いていたテギョンにミニョが声をかけた。
「もしかして・・・迷子ですか?」
テギョンの顔を下から覗くミニョの顔はどこか楽しげに見える。
「バカを言うな・・・散歩していただけだ。」
「あまり歩き回ると痛みますよ。」
図星を言われ赤くした顔を背けるテギョンの右側にそっと寄り添い、いつものように支えるように腕を組むミニョ。本当は支えなどなくても一人で十分歩けるのだが、腕に触れるミニョの胸の感触が気持ちよくて・・・
テギョンは口の両端を上げるとそのまま車へと歩き出した。
ミニョはまだ暫くの間定期的に病院へ行って薬をもらわないといけないが、テギョンは一週間前に抜糸を済ませ、その後の経過も順調で腕の怪我は動かすと痛みはするものの病院で診てもらうのは今日が最後になった。足の痛みもほとんどない。
テギョンが診察室に入っている間廊下で待っていたミニョは、トイレの帰りに不意に名前を呼ばれた。
「ミニョちゃん!」
声のする方を振り向くとそこにはアフリカのボランティアで一緒だったハン・テギョンの姿が。
「テギョンさん!?」
ミニョはまさかこんなところでハン・テギョンと会うとは思わなかった。今の彼は足を怪我しているのか松葉杖をついている。あまりの驚きに呼び方がミニョさんからミニョちゃんに変わっていることにも気づかなかった。
ハン・テギョンは満面の笑みを浮かべるとミニョの方へ歩き出した。が、慣れない松葉杖のせいか途中でつまづき転びそうになる。
ミニョが慌てて走り寄ると体勢を崩したハン・テギョンはミニョの身体に倒れかかった。ミニョは身体を支えるようにしっかりと抱き止めている。
カターン・・・
ハン・テギョンの手から離れた松葉杖が大きな音を立てながら、誰もいない廊下の床に倒れた。
「大丈夫ですか?」
目を丸くするミニョの声を耳元で聴き、ハン・テギョンはニッコリと笑うと両腕に少しだけ力を入れミニョの身体を優しく抱きしめた。
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