懐かしい等々力友達【ヴェルディSS】
娘はサッカーを始める前からどこでも友達を作り仲良く遊んでいた。
対照的に息子は超人見知りで娘の後ろをフンのように付いて行く。
しかし可笑しい事に外などで見知らぬ人に声を掛けられるのは、必ずと言って超人見知りの息子である。
そんな娘は国籍を関係なく友人を作る。
息子は幼稚園から通うヴェルディSSで3年目でやっと話をする友人が出来た。
同じ環境で育ちながら姉弟って不思議である。
海外(テキサス州アーリントン)でもすぐ友達を作る娘(2歳)
そんな娘は幼稚園でサッカーを始める前から等々力競技場で友達を作ってはサッカーを観ずに広い競技場のコンコースを友達と走り回っていた。
JFL当時に比べればJ1初昇格した2000年の等々力競技場は観衆が増えたが、J1の人気チームに比べれば子供が遊ぶスペースはまだ豊富にあった。
そんな2000年シーズンのある日、2人の女の子の姉妹と友達になり等々力競技場の試合に飽きると遊ぶようになった。
その姉妹はスポーティーな服装の多い娘と違い上品なワンピースを着たおとなしいタイプの子であった。(姉妹のお母さまも大変綺麗な方でサッカー観戦とは無縁なタイプに見えた)
彼女たちには娘が普段接しないタイプの子だったのか、同じ歳のお姉ちゃんとは意気投合し等々力友だちとなった。
そしてサテライト戦(ヴェルディ対フロンターレ)が行われたよみうりランドでも偶然に会い試合を観ずにグランド近くを飛び跳ねているバッタを追っ掛け、坂を走り回っていました。
その後、等々力競技場で会えば4人(娘・息子、姉妹)で遊ぶ日が続きました。
その年のシーズン終了後、フロンターレ麻生グランドで行われたファン感謝デーでもその親子3人を見掛け、私たちは『見た感じと違い本当に熱心だね』と言いながら遠目に会釈をした。
私たちを見つけたお母様が2人の姉妹を連れて私たち歩み寄り『1年間、仲良くして頂いて本当にありがとうございました』と切り出したので、私たちが『また来年競技場で会いましょう』と話すと、お母さんからは『来年は行けないんです』との返事が帰ってきた。
娘が『○○ちゃん、引越ししちゃうの?』と聞くとお母さんは『引越しでは無いんだけど、お父さんのチームが変わるの』と説明をしてくれていました。
話の要領が掴めない私たちにお母さんは『私の主人は菊池新吉なんです。来年、ヴェルディに戻ることになりました』』『J1残留のお役に立てなくてすいません』と言いファン感謝デーの会場からご主人の車に乗って家族4人で帰っていった。
翌年からヴェルディSSに通うことになった娘は父上である菊池新吉氏とトップチーム練習後の飛び入り参加のミニゲームなどで会う事はありましたが、2人の姉妹とは疎遠になってしまいました。
ヴェルディ選手と入場前の舞台裏(味の素スタジアム)
その年のシーズンに娘が公式戦でヴェルディの選手と手を繋いで入場する機会を得て集合場所に集まっていると選手が続々と現れ、その中で菊池新吉氏が娘に歩み寄りパートナーとして入場することになりました。
娘の第1希望は宝陽幼稚園サッカー部の先輩である山田卓也選手(新吉さんすいません)だったようですが、集合場所にいち早く来た菊池新吉選手が娘をパートナーとして選んだようでした。
妻は『たぶん娘さんと同じ歳の女の子だったから選んだんじゃない』と言うと、娘は『あの人は誰なの?』ととぼけた返事をしていたので妻が『○○ちゃんのお父さんでしょ!!』と答えると『○○ちゃんのお父さんってサッカー選手だったんだ』と最後までとぼけた返答をする娘でした。(今でもとぼけていますが・・・)
そんな娘も小学校5年生となりました。
今ではサッカーの難しさと共にJリーガーの偉大さも理解出来るようになったようです。
そして等々力仲間のお父さんと立った味の素スタジアムのピッチは今では良い思い出になっているようです。
