タニ、2008年北京へ!【川崎F】
J1リーグは1ヶ月に渡るワールドカップ中断期間を終え再開し、首位の川崎Fは鹿島とのアウェーでリーグ戦を再開した。
試合が行われるカシマスタジアムは川崎Fに取って公式戦、PSMを含めて勝利を収めることの出来なかった鬼門である。
この鬼門カシマスタジアムでの勝利こそが真のK点越え(打倒アントラーズ)となり川崎Fに取ってまた新たな一歩と確信する。
そして、その鬼門カシマスタジアムでの勝利に貢献したのが川崎フロンターレに所属する若手ボランチである谷口博之(21)だった。
谷口博之は横浜Fマリノスの下部組織育ちでユース時代の活躍からマリノスサポからはトップ昇格を期待されていた。
しかし、その夢は叶わず同じ神奈川県のJリーグ(当時J2)チームである川崎フロンターレの誘いを受け2004年に入団した。
入団1年目から怪我で離脱した最終ラインの穴を埋めるべく本来のボランチでは無く3バック左ストッパーでJリーグデビューを飾った。
2年目となる昨シーズンは本来のボランチとして故障欠場の鬼木達、山根巌からレギュラーポジションを奪い、川崎フロンターレJ1復帰初年度の躍進の原動力となった。
本来は攻撃的センスのある選手ではあるが、ダブルボランチのコンビを組む中村憲剛がパサータイプの為に守備に残って潰し役に徹する事が多かった。
しかし、新たに加入したトップ下MFマギヌンがサイドに流れるプレースタイルである事と対面した鹿島選手が退場になった事で前のスペースが空き積極的な攻撃参加による2得点となった。
プレーの大胆さとは裏腹に素顔は21歳の好青年であり、その人間性の良さは私が運営活動に携わるビッグフラッグプロジェクトの運営メンバーの小学生の娘さんとの逸話でも良く解る。
その小学生の娘さんが学校で流行っているアドレス帳(趣味など色々書き込む)の紙を谷口選手に渡したところ数日後に全ての質問事項と住所、携帯番号などの回答を書き入れ戻してくれたとの話を聞いた。
横浜Fマリノス下部組織出身の谷口博之選手ではあるが、ファンとの距離感はしっかりとフロンターレ流となっていることを嬉しく思う。
そして川崎代表として2008年北京五輪日本代表の中心選手となることに期待したい。
J1リーグ第13節試合結果
[得点]
鹿島アントラーズ 2-4 川崎フロンターレ
[勝点22] [勝点30]
[得点者]
【鹿島】31分、57分 アレックス・ミネイロ
【川崎】23分 ジュニーニョ、59分、67分 谷口博之、76分 鄭大世
【入場者数】7427人